「紛争が起きると防衛株が上がる」「ロシアのウクライナ侵攻後、欧米の軍需企業の受注が急増」といったニュースは、ここ数年で何度も耳にするようになりました。本稿では、軍需企業の決算書を「投資のHOW TO」としてではなく、「戦争がなぜ特定企業にとって好景気になるのか」という構造を読み解くための資料として扱います。
ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、BAEシステムズ、ラインメタルといった企業の決算には、世界の安全保障環境がそのまま数字として反映されています。そこには、戦場の悲惨さとは別の次元で動く「受注残」「長期契約」「政府依存」「ロビー活動」といった項目が並びます。この構造を理解することは、「誰がどのリスクとコストを負担しているのか」を冷静に考える出発点になります。
軍需企業の決算書から見えるもの:なぜ戦争で株価が動くのか
まず、軍需企業の決算書の特徴をざっくり押さえます。一般的な製造業と比べたとき、防衛産業にはいくつかの大きな違いがあります。
- 顧客の大半が「国家」や「政府機関」(国防総省、国防省など)である
- 契約の単価が非常に大きく、1件あたり数百億〜数千億円規模になることがある
- 製品のライフサイクルが長く、開発から退役まで数十年に及ぶ
- 売上高だけでなく「受注残高(バックログ)」が重要な指標になる
たとえば、アメリカ合衆国のロッキード・マーチンはF-35戦闘機やミサイルシステムを世界各国に供給していますが、その決算資料には「今後数年にわたって納入予定の受注残」が巨額の数字として記載されています。これは、単年度の売上だけでは見えない「将来のほぼ確定した収益の山」です。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の推計では、世界の軍事支出は2020年代に入り年間で数兆ドル規模に達しています。この軍事支出のかなりの部分が、アメリカ、ヨーロッパ連合(EU)、中国、ロシアなどの防衛産業に流れています。つまり、地政学的な緊張や紛争が高まるほど、「国家による安全保障サービスの購入」が増え、その発注先である軍需企業の売上・受注残が膨らむ構図です。
株式市場はこの構造をよく理解しています。NATO諸国が「国防費を国内総生産(GDP)の2%以上に引き上げる」という合意を強調するたびに、投資家は「今後10〜20年にわたって防衛関連の需要が増える」と読み取り、ロッキード・マーチンやBAEシステムズなどの株価が反応します。戦争や危機が人々の生活にとってマイナスであっても、一部の企業にとっては「長期の需要拡大」として映ってしまうのです。
軍需ビジネスの収益モデル:受注残・長期契約・ライフサイクル商売
次に、軍需企業の収益構造をもう少し細かく見ていきます。決算書のどこを見れば「戦争で儲かる構造」が見えてくるのでしょうか。
受注残(バックログ)という「将来の売上の山」
軍需企業の決算資料で頻繁に出てくる指標が「バックログ(受注残高)」です。これは、すでに契約は結ばれているが、まだ納入やサービス提供が完了していない案件の合計額を指します。大型ミサイルシステムや潜水艦、戦闘機の契約は、署名から最終納入まで10年以上かかることも珍しくありません。
たとえば、BAEシステムズがイギリス海軍向けにフリゲート艦を建造する契約を結んだ場合、その総額は数千億円規模になることがあります。その金額の多くは、一度に売上になるのではなく、設計・建造・試験・運用支援といった段階ごとに分割され、10年以上かけて決算書に反映されていきます。この「長期の受注残」が、軍需企業を景気循環からある程度守るクッションになっています。
ライフサイクル収益:本体より「その後」で稼ぐ
軍需ビジネスのもう一つの特徴は、「初回の売却」よりも「その後の整備・改修・弾薬補充」で長く収益を上げるモデルが多いことです。これを「ライフサイクルビジネス」と呼ぶことがあります。
- 航空機や装甲車両:定期点検、部品交換、性能向上改修
- ミサイル・弾薬:訓練用消費、本番使用後の補充
- 電子戦・レーダーシステム:ソフトウェアアップデート、サイバーセキュリティ対応
イラク戦争やアフガニスタン戦争の期間中、アメリカやイギリスの軍需企業は、新規装備だけでなく、消耗した装備の修理や回転率の高い弾薬などで安定した収益を上げました。武器そのものが「消耗品」として扱われる場面では、紛争が長引くほど、ライフサイクル全体での売上が膨らみます。
政府依存とロビー活動
防衛産業の売上の多くは、1〜2カ国の政府からの発注に集中しています。たとえば、ノースロップ・グラマンやレイセオン・テクノロジーズ(現RTX)の売上の大部分は、アメリカ国防総省や米政府関連機関からの契約に依存しています。顧客がほぼ政府だけであるという構造は、以下のような特徴を生みます。
- 政治的決定(予算、政策、外交方針)が業績に直結する
- 競争相手が限られた「指名競争」になりやすい
- ロビー活動や政治献金がビジネス上重要な位置を占める
これが、いわゆる「軍産複合体」という言葉で批判されてきた構造です。企業側から見れば、「国防」という公共性の高いサービスを提供しているという建前がありますが、その裏では契約獲得と予算拡大をめぐる政治的な駆け引きが続いています。
具体事例:ウクライナ侵攻後の欧米防衛産業と軍事支出の拡大
ここからは、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年以降)をきっかけとした欧米防衛産業の動きを「決算構造」という視点から見てみます。HOW TO投資ではなく、あくまで構造の説明です。
ケース1:NATO諸国の防衛費増加とバックログの膨張
ロシアの侵攻後、ドイツ、ポーランド、ノルウェーなど多くのNATO加盟国が、防衛費をGDP比2%以上に引き上げる方針を改めて強調しました。ドイツ政府は特別基金として1000億ユーロ規模の防衛投資枠を設け、戦闘機、装甲車両、弾薬の大量調達を進めています。
この決定を受けて、ドイツのラインメタルやイギリスのBAEシステムズは、決算で「記録的な受注残」「将来数年間にわたる高水準の需要見通し」を強調しました。たとえば、砲弾や装甲車両の増産計画が発表され、工場の増設や新規採用が進みました。株価チャートを見ると、2022年以降、防衛関連銘柄が市場全体より大きく上昇した時期もありました。
ケース2:アメリカ防衛企業と対ロシア・対中国戦略
アメリカでは、ロッキード・マーチンやノースロップ・グラマン、RTXなどが、対ロシア・対中国戦略を背景とした長期契約を相次いで獲得しています。F-35戦闘機、パトリオットやNASAMSといった防空システム、長距離精密攻撃ミサイルなどの需要が高まり、各社のバックログは数十兆円規模に達していると報じられています。
ウクライナ向けの軍事支援で使用された榴弾砲や多連装ロケットシステム(HIMARSなど)の弾薬補充も、決算上の重要な売上源となりました。米欧諸国が「自国軍の在庫を減らして支援→自国用に再補充」というサイクルを回すことで、軍需企業には二重の需要が生じている形です。
ケース3:誰が得をし、誰が負担しているのか
これらのケースを、「お金の流れ」という観点から単純化してみます。
- 上流:ロシアの侵攻という安全保障ショックが発生する
- 中流:NATO諸国や日本が防衛費を増額し、長期の装備調達計画を決定する
- 下流:軍需企業が受注を獲得し、工場・雇用・研究開発投資を増やす
- 負担:その予算は国債発行や増税、他分野の支出削減という形で市民が負担する
ウクライナ支援が「侵略への抵抗」であることは事実ですが、その裏側で「安全保障ショック→予算増→防衛企業の受注拡大→市民の財政負担増」という経済的連鎖も進んでいることを、決算書は冷静に示しています。
軍需好況の陰で誰がコストを払うのか:財政・地域経済・技術リスク
軍需企業が好況に沸いているとき、そのコストはどこに押し出されているのでしょうか。ここでは、財政・地域経済・技術リスクという3つの観点から整理します。
財政負担と機会費用
軍事支出は、教育、医療、社会保障、インフラなど他の公共支出と同じ財源(税金や国債)から賄われます。SIPRIのデータによれば、世界の軍事支出は2020年代に入り、世界GDPの2%前後に迫る水準まで増加していますが、その分、他の政策分野に回せる予算は相対的に圧迫されます。
たとえば、イギリスがNATOの目標に従って防衛費をGDP比2%以上に保つ一方で、公共サービスや地方自治体の財政が厳しくなっているといった議論があります。軍需企業の決算が好調であるというニュースは、同時に「どこか別の分野の予算を削った結果でもある」という意味を含んでいます。
地域経済の「軍需依存」と雇用
ロッキード・マーチンが工場を構えるテキサス州や、BAEシステムズの造船所があるスコットランドのように、軍需工場が地域の大口雇用主になっているケースは多く見られます。こうした地域では、防衛予算の増減が雇用と税収に直結するため、「平和になってほしいが、防衛産業が縮小すると地元経済が打撃を受ける」というジレンマが生じます。
軍需企業の決算書には、「従業員数」「設備投資」「研究開発費」といった項目が並びますが、その一つひとつが地域経済と深く結びついています。戦争が続くことで工場がフル稼働になり、短期的には景気が良くなったように見える一方で、それが「平和になると困る経済構造」を固めてしまう危険もあります。
技術流出と拡散リスク
防衛産業が開発する技術の多くは、デュアルユース(軍事・民生両用)技術でもあります。レーダー、衛星通信、サイバー防衛、人工知能などは、軍事用途と同時に民間インフラや民間企業でも利用されています。ここで問題になるのは、技術が予期せぬかたちで拡散し、意図しないアクターに利用されるリスクです。
アメリカの輸出管理制度(ITAR)や、欧州連合のデュアルユース規則は、この拡散リスクを抑制するための枠組みですが、100%の封じ込めは困難です。軍需企業の技術が、別の国や組織の武器システムや監視体制に組み込まれてしまう可能性も常に存在しています。
規制・透明性向上とその限界:輸出管理・汚職防止・ESG投資
軍需ビジネスが持つ構造的なリスクを抑えるため、国際社会はいくつかの規制と透明性向上の仕組みを整えてきました。ただし、その実効性には明確な限界もあります。
武器輸出管理と汚職防止
軍需企業は、各国の武器輸出管理制度に従わなければなりません。アメリカのITAR、欧州連合の共通武器輸出規範、国連武器貿易条約(ATT)などがその代表例です。また、米国海外腐敗行為防止法(FCPA)やOECD贈賄防止条約によって、入札や契約獲得をめぐる賄賂行為も規制されています。
とはいえ、歴史を振り返ると、国際的な大型兵器契約をめぐる汚職スキャンダルは後を絶ちません。輸出管理のチェックリストを形式的に満たしていても、実質的には人権侵害や内戦激化に使われるケースが残っているという指摘も多くあります。
ESG投資と「防衛は善か悪か」という揺れ
近年、環境・社会・ガバナンスを重視するESG投資の観点から、「武器関連企業を投資対象から除外する」方針をとる年金基金や機関投資家が増えてきました。クラスター弾や核兵器など「非人道的兵器」に関する条約への加盟状況も、投資の可否判断に影響します。
一方で、ロシアのウクライナ侵攻以降、「民主主義国の防衛能力を支える企業は、むしろ社会的に必要な役割を果たしているのではないか」という逆の議論も強まっています。欧州の一部の金融機関では、防衛産業への投資をESGの観点から一定程度認める方向への見直しも議論されています。
軍需企業の決算をどう見るかは、「どこまでを正当な防衛と見なし、どこからを危険なビジネスと見るか」という価値判断とも切り離せません。数字そのものは中立ですが、その解釈には政治と倫理が深く入り込んでいます。
まとめ:読者が意識すべきポイント
軍需企業の決算書を眺めるとき、私たちが意識しておきたいポイントを整理します。
- 防衛産業の売上や受注残は、世界の軍事的緊張や紛争の「裏側の数字」として現れる
- 軍需ビジネスは一度の売却で終わらず、ライフサイクル全体(整備・改修・弾薬補充)で長期の収益を生む構造を持つ
- 軍需企業の好調な決算の裏には、国防予算の増加と、市民による財政負担・他分野の機会費用が存在する
- 地域経済が防衛産業に依存しすぎると、「平和になってほしいが仕事が減ると困る」という構造的ジレンマが生まれる
- 輸出管理・汚職防止・ESG投資などの枠組みは一定の抑制効果を持つが、地政学的危機が高まると政治的に緩められるリスクもある
「戦争で株価が上がる」という言い方は短絡的ですが、軍需企業の決算が地政学リスクと財政負担の指標であることは否定できません。ニュースで防衛費や軍需企業の業績が報じられたときには、「誰の安全を守るために」「誰がどのような形でコストを支払っているのか」という問いをセットで考えることが、健全な議論のための最低ラインだといえるでしょう。
氷室 剛(武器・紛争ビジネス担当)/ 犯罪経済ラボ
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参考になる公的情報源
- ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表する世界の軍事費・武器取引に関する年次レポートやデータベース
- 国連軍縮研究所(UNIDIR)および国連兵器規制局(UNODA)による通常兵器・軍縮に関する報告書
- 各国国防省(例:米国防総省、英国国防省、ドイツ国防省)が公開する防衛白書・予算資料・調達方針
- 欧州連合(EU)やNATOが公表する防衛協力・共同調達・軍事支出に関する統計・政策文書
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