検挙件数は犯罪の「本当の数」をどこまで映しているのか:ダークフィギュアと統計の落とし穴

ニュースで「刑法犯の認知件数は過去最少」「検挙件数が増加」といった見出しを見ると、治安が良くなっているのか悪くなっているのか、直感で判断してしまいがちです。しかし、検挙件数や認知件数は、犯罪そのものだけでなく、通報行動や取り締まり体制、統計の取り方にも大きく左右されます。本稿では、統計に現れない犯罪「ダークフィギュア」の概念を手がかりに、検挙件数がどこまで実態を映し、どこから現実とズレていくのかを整理していきます。

検挙件数・認知件数とは何か:数字が示しているのは「発見された犯罪」

まず前提として、検挙件数や認知件数は「実際に起きた犯罪の総数」ではなく、「当局が把握した犯罪の数」だという点が重要です。日本では警察庁が毎年『犯罪統計書』を公表し、「刑法犯認知件数」「検挙件数」「検挙人員」などの指標を出しています。アメリカ合衆国でも、かつてのFBI『Uniform Crime Reports(UCR)』や、現在の『National Incident-Based Reporting System(NIBRS)』が同様の役割を果たしています。

ここで押さえておきたいのは、これらの数字は次のようなプロセスの結果だということです。

  • 犯罪が起きる
  • 被害者や周囲の人が「通報する/しない」を選ぶ
  • 警察などの当局が事件として受理するかどうかを判断する
  • 捜査の結果、容疑者が特定され「検挙」されるかどうかが決まる

つまり、検挙件数や認知件数は、この一連のプロセスを通過した「氷山の海面上に出た部分」にすぎません。通報されなかった事件、事件として処理されなかった事案、検挙に至らなかったケースは、統計からこぼれ落ちます。

それでも検挙件数などが広く使われるのは、長期トレンドを追いやすく、国や地域間の比較指標として便利だからです。ただし、「何を見ていて、何を見ていない数字なのか」を意識しないと、誤った結論にたどり着きやすくなります。

ダークフィギュア:統計に現れない「見えない犯罪」の存在

犯罪統計の世界では、公式統計に現れない犯罪を「ダークフィギュア(dark figure of crime)」と呼びます。これは、犯罪が起きても通報されなかったり、事件として扱われなかったり、統計に計上されなかった分を指します。

ダークフィギュアが生まれる要因には、次のようなものがあります。

  • 被害者が犯人を恐れて通報できない(家庭内暴力、人身取引など)
  • 性犯罪や詐欺など、恥ずかしさや自責感から通報をためらうケース
  • 被害者自身もグレーな行為に関わっていたため、当局と関わりたくないケース(違法ギャンブル、闇バイトなど)
  • 「どうせ警察に言っても無駄だ」という不信感から諦めが広がっている地域

国連薬物犯罪事務所(UNODC)や世界銀行は、こうした「見えない犯罪」を推計するために、各国で被害者調査(victimization survey)を実施してきました。例えばイングランドとウェールズでは『Crime Survey for England and Wales』という大規模な被害者調査が行われ、警察統計に比べて暴力犯罪や窃盗の発生が「数倍規模」で報告されるケースがあることが知られています。

このように、ダークフィギュアは犯罪の種類や国・地域によって大きく異なります。殺人のようにほぼ必ず発見される犯罪では小さく、性犯罪や詐欺、ブラック労働などでは非常に大きくなりがちです。「ダークフィギュアの大きさ」を意識せずに検挙件数だけを見ると、犯罪の構造を見誤るリスクが高まります。

具体事例:検挙件数が「増えた/減った」とき何が起きているのか

次に、いくつかの具体的なケースを通して、「数字が増減したときに何が起きているのか」をもう少し立体的に見ていきます。ここでは、イギリス、日本、中南米の3つの事例を取り上げます。

ケースA:イギリスの暴力犯罪 ― 被害者調査と警察統計のズレ

イギリスでは、内務省が警察統計と並行してCrime Survey for England and Wales(旧British Crime Survey)を長年実施してきました。1990年代から2010年代にかけてのデータを見ると、警察統計上の暴力犯罪はある時期から横ばい〜減少傾向を示す一方、被害者調査では「実際に被害を受けたと答えた人の割合」は別の動きをしていることがわかります。

  • 警察統計:法律や通報ルールの変更、記録基準の見直しの影響を強く受ける
  • 被害者調査:通報しなかった被害も含めて把握できるが、回答拒否や記憶のあいまいさの影響を受ける

この二つを組み合わせて読むことで、「暴力犯罪の実態は減少傾向にあるが、特定のタイプの暴力は依然として高水準」「通報率が向上した結果、警察統計の数字が追いついてきた」といった、より精緻な解釈が可能になります。逆に、どちらか一方だけを見ると、「急増」「激減」といった誤った物語を作りやすくなります。

ケースB:日本の特殊詐欺 ― 被害総額と検挙件数のギャップ

日本では2000年代後半から「オレオレ詐欺」に代表される特殊詐欺が社会問題化し、警察庁は2010年代にかけて対策を強化しました。『警察白書』や統計を見ると、ある時期まで被害件数・被害総額が増え続け、その後、一定程度の減少が見られます。

しかし、検挙件数の推移と被害総額の推移を重ねると、次のような特徴が見えてきます。

  • 被害総額が高止まりしている期間でも、検挙件数が増加していることがある(取り締まり強化による可視化)
  • 被害届が出にくい層(高齢者、外国語話者など)では、依然としてダークフィギュアが大きい可能性がある
  • 「口座売買」や「闇バイト」といった周辺行為の検挙が増えると、数字上は件数が膨らむが、根本的なビジネスモデルの変化は統計からは読み取りにくい

単純に「検挙件数が増えた=特殊詐欺が悪化」とは言えず、「どの役割の人間がどれくらい検挙されているのか」「被害総額との関係はどうか」まで見て初めて、ビジネスモデル全体の変化が見えてきます。

ケースC:中南米の殺人と検挙率 ― 高い発生件数と低い「見える化」

メキシコやブラジルなどの中南米諸国では、麻薬カルテルやギャングに関連する殺人が長年大きな社会問題となっています。世界保健機関(WHO)やUNODCのデータによれば、一部の国では人口10万人あたりの殺人件数が先進国の数倍から十数倍に達する年もあります。

しかし、殺人の検挙率に目を向けると、国や地域によっては「発生件数のうち半数にも満たない」「一部都市では1〜2割程度」といったケースが報告されています。これは、

  • 警察や司法機関のリソース不足・汚職・脅迫
  • 住民が証言すること自体が命の危険につながる環境
  • 組織犯罪が司法の外側で「紛争解決」をしてしまう構造

といった要因が複合的に影響しているためです。殺人でさえこうした状況ですから、ドラッグ取引や恐喝、マネーロンダリングなど、さらに見えにくい犯罪ではダークフィギュアは一段と大きくなります。

数字が社会に与える影響:体感治安・メディア・政策の連鎖

検挙件数や認知件数の増減は、現場の治安だけでなく、社会の空気や政策議論にも影響を与えます。とくに、日本やヨーロッパ、アメリカ合衆国のように統計とメディア報道が密接に結びついている国では、その影響は無視できません。

典型的なパターンとして、次のような連鎖が起きます。

  • ある犯罪分野の検挙件数が増える
  • メディアが「急増」「深刻化」といった見出しで繰り返し報道する
  • 世論調査で「治安が悪化している」と感じる人の割合が増える
  • 政治的に「さらなる厳罰化」「監視強化」を求める声が高まる

しかし、実際には「取り締まりが強化された結果として数字が伸びている」「通報しやすくなったことでダークフィギュアが縮小し、表の数字が増えた」といったケースも少なくありません。欧州連合(EU)の一部加盟国では、家庭内暴力や性犯罪に対する通報が増えたことで統計上の件数が大きく伸び、「悪化」か「可視化」かを巡る議論が起きました。

数字は客観的に見えて、実は解釈の余地が大きい情報です。統計の意味を正しく理解しないと、「改善」が「悪化」と報じられたり、その逆が起きたりします。

検挙件数を読むための実践的チェックポイント

では、私たちがニュースや公的統計に触れるとき、どのような点に注意すれば「ダークフィギュアの影」を意識した読み方ができるでしょうか。ここでは、シンプルなチェックポイントをいくつか挙げます。

  • 絶対数だけでなく、人口当たり・件数当たりの比率で見ているか
  • 長期トレンド(10年程度)で見たときの増減と、短期の上下動を区別しているか
  • 通報義務・記録ルール・法改正など、「統計の仕組み側の変更」がなかったか
  • 同じ分野について、被害者調査やアンケートなど、別ソースの情報が存在するか
  • 「検挙件数」「認知件数」「被害総額」「検挙率」など、複数の指標を組み合わせて見ているか

たとえば、国連薬物犯罪事務所(UNODC)や経済協力開発機構(OECD)のレポートでは、公式統計と被害者調査を並べて掲載することで、両者のギャップを可視化しようとしています。日本国内でも、内閣府の世論調査や各種被害者調査と警察庁の統計を照らし合わせることで、より立体的な治安像が見えてきます。

まとめ:読者が意識すべきポイント

検挙件数や認知件数は、犯罪の動向を知るうえで重要な指標であることは間違いありません。ただし、それは「発見され、記録された犯罪」の数字であって、「実際に起きた犯罪の総数」ではないという前提を、常に頭の片隅に置いておく必要があります。

本稿で扱ったポイントを、最後に簡単に整理します。

  • 検挙件数・認知件数は、通報・受理・捜査・検挙というプロセスを通過した「見えている部分」だけの数字である
  • ダークフィギュア(統計に現れない犯罪)は、犯罪の種類や国・地域によって大きく異なり、とくに性犯罪・詐欺・搾取型犯罪では大きくなりがちである
  • 被害者調査や国際機関のレポートを併用することで、公式統計の裏側にある構造をある程度推し量ることができる
  • 検挙件数の増減は、「犯罪の実態」「通報行動」「取り締まり体制」「統計ルール」の変化が重なった結果であり、単純な善悪評価は危険である
  • ニュースやランキングを見るときは、指標の定義や算出方法、比較の前提を確認し、「数字の物語」に飲み込まれない姿勢が大切である

犯罪経済ラボとしては、今後も「数字で見る犯罪」のシリーズを通じて、闇経済や裏社会を必要以上に恐れるのでもなく、楽観視するのでもなく、冷静に理解するための材料を提供していきたいと考えています。

室井 大地(統計・データ分析担当)/ 犯罪経済ラボ

参考になる公的情報源

  • 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する、麻薬市場・組織犯罪に関する年次報告書や統計資料
  • 金融活動作業部会(FATF)によるマネーロンダリング・テロ資金供与対策に関する勧告・相互評価報告書
  • 各国の金融監督当局(例:金融庁)が公表するマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインや解説資料
  • 国連・世界銀行・OECDなどが公表する、汚職・違法資金フロー・影の経済に関するレポート

重要な注意事項

本記事は、闇経済・犯罪ビジネス・マネーロンダリング・裏社会・ダークウェブなどの「構造」や「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為を推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。

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