FATF相互審査の舞台裏:評価結果は各国の金融システムをどう揺さぶるか

FATF(金融活動作業部会)の「相互審査」は、ニュースで国名とセットで語られることが増えました。「パキスタンがグレーリスト入り」「イランがハイリスク国に指定」などの見出しは、一見すると外交ニュースのようでいて、実はその国の銀行や企業の日常業務を直撃します。

相互審査は、各国のマネーロンダリング・テロ資金供与対策(AML/CFT)の体制を評価する仕組みです。しかし単なる採点ではありません。評価結果は、SWIFTを使った国際送金、外貨調達コスト、国内銀行のコンプライアンス投資、ひいては企業や個人の金融アクセスにまで波及します。

この記事では、法律・規制・コンプライアンス担当の視点から、FATF相互審査がどのようなプロセスで行われ、グレーリスト・ブラックリスト入りが各国の金融システムをどう揺さぶるのかを、具体事例を交えながら解説します。

FATF相互審査とは何か:採点テストではなく「政治を帯びた監査」

FATFは、パリに事務局を置き、OECD加盟国やG20諸国などを中心に39のメンバーで構成される政府間機関です。FATF自体には警察権も裁判権もありませんが、「FATF勧告」と呼ばれる40項目の国際基準を示し、それに沿って各国を定期的に評価します。

相互審査(Mutual Evaluation)は、その名の通りメンバー同士が互いを評価するプロセスです。具体的には、FATF事務局と複数の加盟国から派遣された専門家チームが、対象国の法令、規制、監督体制、金融機関の実務、捜査・起訴実績などを数週間〜数か月かけてレビューします。

評価は大きく二つの軸で行われます。

  • 技術的遵守(Technical Compliance):FATF勧告を国内法制にどれだけ取り込めているか
  • 実効性(Effectiveness):法令が実際にどれだけ機能し、マネロン・テロ資金を抑止できているか

単に「法律を作ったかどうか」だけでなく、「その法律が現場で使われているか」「疑わしい取引が実際に摘発につながっているか」まで見られるため、法務・監督当局だけでなく警察・検察・税務当局なども巻き込んだ大イベントになります。

評価結果は公表され、評価の低い国については「重点フォローアップ」「強化フォローアップ」などの枠組みで継続的に監視されます。その延長線上にあるのが、後述するグレーリスト・ブラックリストです。

評価プロセスの流れ:準備段階から報告書公表まで

相互審査の典型的な流れを、時系列でざっくり追ってみます。これは日本、フランス、韓国など多くの国に共通するパターンです。

  1. 事前準備:対象国政府が、法令・統計・判例・監督指針など膨大な資料をFATFに提出する。
  2. オンサイト訪問:FATFの評価チームが首都(たとえば東京、イスラマバード、マニラなど)に数週間滞在し、監督当局、警察、銀行協会、主要銀行、弁護士会などと面談する。
  3. ドラフト報告書作成:評価チームがドラフトを作成し、対象国にコメントの機会が与えられる。
  4. 全体会合での承認:FATF本会合(パリなど)で加盟国が議論し、最終版を採択する。
  5. 報告書公表・フォローアップ:ウェブサイトで公開され、勧告に沿った改善状況を数年にわたりフォローされる。

このプロセスで重要なのは、「評価チームと対象国の綱引き」がかなり激しいという点です。法令の文言だけでは判断が難しい箇所について、対象国は「ここは実務上こう運用している」と説明し、評価チームは「それではFATF基準を満たさない」と反論する、といったやり取りが繰り返されます。

結果として、相互審査は単なる技術的なチェックにとどまらず、政治的な駆け引きも伴う「国際的な監査イベント」という性格を帯びていきます。

具体事例:グレーリスト入りが金融システムを揺らした国々

相互審査の結果が現実の経済にどの程度影響するのかは、抽象論だけではイメージしづらい部分です。ここでは、パキスタン、フィリピン、アイスランドといった国々のケースを通じて、グレーリスト入り・解除が何を意味したのかを見ていきます。

ケース1:パキスタンのグレーリスト入りと外貨調達コスト

パキスタンは2018年、テロ資金供与対策などの不備を理由にFATFのグレーリストに再度掲載されました。この時期、イスラマバード政府はIMF(国際通貨基金)への支援要請も行っており、外貨準備の逼迫と相まって、信用力の低下が深刻な問題となりました。

  • 欧米や中東の銀行がパキスタンとのコルレス関係(銀行間勘定)を見直し、国際送金のルートが細る。
  • パキスタン国債や企業債に対する投資家の要求利回りが上昇し、年間数億ドル規模の追加コストが発生するとの試算も出された。
  • 現地銀行は追加のKYC・EDD手続きやモニタリング強化を求められ、コンプライアンス部門の人員を増強せざるを得なくなった。

2022年にFATFはパキスタンのグレーリストからの削除を決定しましたが、その間に同国はテロ資金関連法の改正や監督当局の強化など、数十本単位の法令改正と制度整備を余儀なくされています。

ケース2:フィリピンのグレーリストと送金ビジネスへの圧力

フィリピンは2021年にグレーリスト入りし、海外就労者からの送金(レミッタンス)市場への影響が懸念されました。フィリピンは毎年300億ドル規模の海外送金を受け取っており、これは同国GDPの約1割を占めるとされています。

  • 米国や欧州の銀行がフィリピン向け送金ルートを再評価し、一部の銀行は手数料の引き上げや取引額の上限設定を行った。
  • 中小の送金業者は、海外パートナーから「コンプライアンス要件を満たせない」として提携を打ち切られるリスクに直面した。
  • フィリピン中央銀行(Bangko Sentral ng Pilipinas)は、送金業者やカジノ向けのAMLガイドラインを強化し、罰則も引き上げた。

海外で働くフィリピン人にとっては、送金コストの上昇や送金遅延という形で影響が跳ね返ってきます。ここにも、「AML強化」と「金融包摂」のバランスの難しさが表れています。

ケース3:アイスランドの短期グレーリストと「合格」までの道のり

ヨーロッパ経済地域の一角であるアイスランドも、2019年にFATFグレーリストに掲載されました。理由は、実質的支配者情報の透明性や一部非金融業者(不動産業者など)の監督不足などでした。

  • アイスランド政府は、会社法や登録制度を短期間で改正し、実質的支配者の登録・公開を進めた。
  • 金融監督庁は、銀行だけでなく信託会社や弁護士事務所に対するAML監督を強化した。
  • 約2年後の2020〜2021年にかけて、FATFはアイスランドが改善措置を完了したと認定し、グレーリストから除外した。

このケースは、「グレーリスト入り=終わり」ではなく、「改善のロードマップを実行できるか」が重要だということを示しています。また、アイスランドのような小規模経済でも、評価結果がEU域内での金融取引や投資家の見方に影響することが確認されました。

評価結果が金融機関にもたらすコンプライアンス圧力

国家レベルの評価である相互審査の結果は、その国の銀行・証券会社・保険会社などにダイレクトなプレッシャーとなって降りかかります。ここでは、具体的にどのような圧力が生じるのかを整理します。

まず、監督当局(たとえば日本の金融庁、イギリスのFCA、シンガポールのMASなど)は、FATF報告書で指摘された弱点に対応するため、ガイドラインや監督方針を更新します。すると金融機関側では次のような動きが必要になります。

  • KYC・CDDの強化:高リスク国や高リスクセクターに対するEDDの導入・拡充
  • 取引モニタリングの高度化:ルールベースからリスクベースへの見直し、新しいシナリオの追加
  • 人員・システム投資:AML担当者やデータサイエンティストの採用、監視システムのアップグレード
  • デリスキング判断:一部の高リスク顧客・取引分野から撤退するかどうかの経営判断

大手銀行グループであれば、AML関連の年間コストが数百億円規模に達することも珍しくありません。中小金融機関にとっては、その負担は相対的にさらに重くなり、コンプライアンス投資と収益性のバランスが大きな経営課題になります。

一方で、評価結果が良好であれば、「この国の金融システムはAML/CFT面で一定の信頼がある」とみなされ、国際的なビジネス展開や外資誘致にとってプラス材料になります。FATF相互審査は、国にとっても金融機関にとっても、レピュテーション(評判)を左右するイベントと言えます。

相互審査の限界:政治性・データ不足・「見えない領域」

ここまで見ると、FATF相互審査は強力なツールに見えますが、もちろん万能ではありません。限界や批判も少なくありません。

第一に、「政治性」の問題があります。とくにブラックリストに近いハイリスク国の指定は、アメリカ合衆国や欧州連合(EU)の外交・安全保障政策と密接に絡みます。その結果、「同じレベルの問題を抱えていても、地政学的な立場によって扱いが違うのではないか」という疑念が生じることがあります。

第二に、「データ不足」の問題です。相互審査では、マネロン資金の規模や摘発件数などが重要な指標になりますが、もともと闇経済の実態を完全に把握することは不可能です。UNODC(国連薬物犯罪事務所)や世界銀行の推計も、レンジの幅が広く、誤差を含むものです。

第三に、「見えない領域」の問題があります。たとえば、オフショア金融センターを経由した複雑な企業グループ構造、非金融業者(不動産業者、美術品ディーラー、弁護士など)を経由した資金移転、暗号資産やDeFiを利用した新しいスキームなど、従来の銀行中心のAMLフレームワークでは捕捉しづらい領域が広がっています。

相互審査は、こうした限界を抱えながらも、「まったく何もしないよりは、国際的な足並みをそろえる上で重要なインフラ」であるという位置付けで理解するのが現実的でしょう。

まとめ:読者が意識すべきポイント

最後に、本記事の要点を整理します。FATF相互審査は専門領域の話に見えますが、実は私たちの日常とも無関係ではありません。

  • FATF相互審査は、各国のAML/CFT法制と実務を評価し、その結果がグレーリスト・ブラックリストという形で公表される仕組みである。
  • 評価結果は、国際送金ルート、外貨調達コスト、銀行のコンプライアンス投資などを通じて、パキスタンやフィリピン、アイスランドの例のように、国の金融システムを直接揺さぶる。
  • 金融機関は、相互審査の指摘を受けてKYC/EDDの強化、モニタリング高度化、人員・システム投資、場合によってはデリスキングを進めざるを得ない。
  • 一方で、相互審査には政治性やデータ不足、「見えない領域」が存在し、万能な解決策ではない。規制が強すぎれば、金融包摂が損なわれる副作用も生じる。
  • 「この国はFATFでどう評価されているのか」「グレーリスト入り・解除がニュースになっている背景は何か」を意識するだけで、国際ニュースや銀行の動きが立体的に見えるようになる。

犯罪経済ラボとしては、「相互審査=遠い専門家の話」ではなく、「私たちの口座、送金、ビジネス環境にも間接的な影響を与える仕組み」として捉え直すことが大事だと考えています。規制を絶対視するのでも、全否定するのでもなく、その構造と限界を理解したうえで、冷静にニュースを読み解いていきましょう。

佐伯 沙羅(法律・規制・コンプライアンス担当)/ 犯罪経済ラボ

参考になる公的情報源

  • 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する、麻薬市場・組織犯罪に関する年次報告書や統計資料
  • 金融活動作業部会(FATF)によるマネーロンダリング・テロ資金供与対策に関する勧告・相互評価報告書
  • 各国の金融監督当局(例:金融庁)が公表するマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインや解説資料
  • 国連・世界銀行・OECDなどが公表する、汚職・違法資金フロー・影の経済に関するレポート

重要な注意事項

本記事は、闇経済・犯罪ビジネス・マネーロンダリング・裏社会・ダークウェブなどの「構造」や「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為を推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。

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