かつて新宿歌舞伎町や大阪ミナミ、名古屋栄といった繁華街では、飲食店が「場所代」「用心棒代」として暴力団に支払う「みかじめ料」が半ば慣習のように存在していました。1990年代に施行された暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(いわゆる暴力団対策法)や、2011年までに全国で出そろった暴力団排除条例、さらに近年の反社チェック体制の整備により、表向きにはこうした構図は大きく後退したとされています。
しかし、本当に「店と裏社会の距離」は広がったと言い切れるのでしょうか。本稿では、日本の裏社会を担当する記者の立場から、みかじめ料ビジネスの構造とその変遷、そして現在の反社チェック時代における新たな接点を、「HOW TO」ではなくビジネスモデルと社会構造の観点から整理していきます。
みかじめ料とは何だったのか──昭和〜平成初期のビジネスモデル
みかじめ料は、暴力団などが飲食店や風俗店、バー、スナックなどから「営業の安全」や「縄張りの保護」を名目に受け取っていた金銭です。金額は月数万円から数十万円程度とされ、店舗の売上規模や立地、当該地域の勢力図によって変動しました。
ここで重要なのは、みかじめ料が単なる恐喝ではなく、「お互いの了解のもとで続く quasi 契約」に近い性質も持っていたことです。店側から見ると、次のような「合理化」が働いていました。
- 繁華街でのトラブル(酔客同士の喧嘩やクレーマー)を「まとめてくれる存在」としての期待
- 他の暴力団やチンピラに絡まれにくくなるという、事実上の「ブランド」効果
- 警察との関係が薄い地域や業態における「非公式の調整役」としての機能
もちろん、これは店側の主観的な合理化であり、法的には不当要求に近いケースも少なくありませんでした。それでも、経済が拡大していた1970〜1980年代、日本の名だたる繁華街では、「みかじめ料込みでの収支計算」をしている店が少なからず存在していたのが実態です。
暴力団側にとっても、みかじめ料は安定した定期収入源でした。覚醒剤取引や闇金融のように逮捕リスクの高いビジネスに比べると、「表向きは顔なじみの店主からもらう小口の現金」であり、しかも地域に根ざした縄張りを維持する象徴としての意味も持っていたのです。
暴力団対策法と暴排条例──「みかじめ料」が表から消えていくプロセス
状況が大きく変わり始めたのは、1992年に全面施行された暴力団対策法です。この法律は、「指定暴力団」という枠組みを設けつつ、みかじめ料の要求などを含む不当な行為を規制し、都道府県公安委員会や警察が中止命令・再発防止命令を出せるようにしました。警察庁はその後、みかじめ料の摘発状況などを年次で公表し、社会的な問題として可視化していきます。
2000年代に入ると、さらに各都道府県で暴力団排除条例が制定され、2011年には全国で網羅されました。暴排条例は、「暴力団に利益供与をしてはならない」というルールを、市民や企業に対しても明確に突き付けた点で、暴対法とは異なるインパクトを持ちました。
- 飲食店・不動産業者・建設業者などが、暴力団関係者と判明した時点で契約を解除する義務に近いものを負う
- 暴力団への利益供与自体が、行政処分や社会的制裁の対象になりうる
- 金融庁の監督下にある銀行・信用金庫なども、口座開設や融資で「反社排除」を強化
この結果、みかじめ料は少なくとも「堂々と請求・支払いできるもの」ではなくなりました。店側からすれば、「払っていることが発覚すると、自分たちが処分されるリスク」が一気に高まり、暴力団側も露骨な徴収を続けにくくなります。
東京や福岡、大阪など一部の地域では、暴排条例施行後数年で、みかじめ料の摘発件数が減少したと報告されており、表向きには「旧来型の用心棒モデル」は確かに縮小していると見てよいでしょう。
具体事例:繁華街の飲食店と「反社チェック時代」の新しい距離感
では、現場レベルの関係はどう変わったのか。ここでは、新宿歌舞伎町や大阪ミナミ、地方中核都市の歓楽街で見られるいくつかのパターンを、あくまで一般化された事例として整理してみます。
ケースA:露骨なみかじめ料から「サービス契約」への衣替え
暴排条例施行前後の数年間、いくつかの繁華街では、「用心棒代」という言葉が、「警備契約」「清掃契約」「コンサルティング料」といった名目に置き換えられる動きが見られました。
- 形式上は警備会社や清掃会社との業務委託契約に見える
- 実態としては、特定の勢力が縄張りの秩序維持を担い、実働部隊に関係者が含まれている
- 毎月の支払い額やタイミングは、旧来のみかじめ料とほぼ同じ
こうしたケースでは、店側も「契約書があるから大丈夫」と考えがちですが、背後関係や実態によっては、「名目を変えただけの利益供与」と判断されるリスクがあります。特に、暴力団組長や幹部が過去に経営していた会社名義が使われている場合、暴排条例違反として問題視される余地は小さくありません。
ケースB:フロント企業によるテナント支配と「家賃の中のみかじめ」
別のパターンとして、ビルオーナーや不動産会社が、裏社会とつながるフロント企業であるとされる事例もあります。ここでは、個々の店と暴力団との直接のやり取りは姿を消し、その代わりに「相場から見てやや高めの家賃」や「不可解な共益費」にみかじめ的な要素が織り込まれている構図です。
- テナント契約を結ぶ相手が、実は暴力団関係者とされる人物の会社
- ビル内のトラブル処理やテナント入れ替えに、その会社が強い影響力を持つ
- 個々の店はみかじめ料を払っている意識が薄く、形式上は「家賃を払っているだけ」
この場合、店側は「裏社会と付き合っている」という感覚が希薄になりやすく、後から反社関係が発覚したときに、コンプライアンス上のリスクに直面することになります。テナント契約の相手方がどんな企業なのか、登記情報や過去の報道を通じて確認する重要性が高まっていると言えるでしょう。
ケースC:反社チェックと「過剰防衛」による副作用
近年では、東京証券取引所の上場会社や大手チェーンだけでなく、中堅企業でも反社チェックサービスを導入するケースが増えています。民間のデータベースや外部調査会社を利用し、警察庁・都道府県警・金融庁など公的機関の情報と組み合わせて、取引先をスクリーニングする仕組みです。
しかし、情報の鮮度や誤登録の問題から、「過去に一度トラブルがあった」「親族に暴力団関係者がいた」といった理由で、現在は関係が切れているにもかかわらず「危ない」と判断されるケースもあります。結果として、
- 暴力団から足を洗った人が、正規のビジネスに復帰しにくい
- 過去の写真やうわさ話が、半永久的に「検索結果」として残り続ける
- 企業側が「面倒を避けるために、とにかく全部断る」という姿勢になりやすい
こうした過剰防衛は、一方で裏社会にとって「戻る場所のない人材」を増やすことにもつながりかねません。「暴排」自体は必要である一方で、「復帰のルート」をどう確保するのかという課題が浮き彫りになっています。
店舗と裏社会の距離は本当に広がったのか──数字と現場のギャップ
警察庁の統計によれば、1990年代以降、日本の暴力団構成員・準構成員の数は減少傾向にあります。かつては全国で9万人規模とされた構成員数が、2020年代には約半分以下になったと推計されています。また、暴力団が関与する恐喝事件や傷害事件の検挙件数も、長期的には減少しています。
こうした数字だけを見ると、「暴力団問題は縮小している」「みかじめ料も過去のもの」と捉えたくなります。しかし、繁華街で話を聞くと、実感はもう少し複雑です。
- 露骨なみかじめ料の請求は減ったが、「誰かわからない人」からの圧力は続いている
- 暴力団の代わりに、半グレ風グループや不良客がトラブルの中心になっている
- 「用心棒」としての暴力団の影響力が薄れたことで、自衛力の低い個人店ほど不安を抱えている
つまり、「暴力団」という看板を外させることで、統計上は問題が小さくなったように見えても、裏社会的な暴力・威圧・搾取がなくなったわけではありません。むしろ、看板が外れたことで、誰とどこまで付き合っていいのかが見えにくくなった、という側面もあります。
店舗と個人が意識すべきリスクと現実的な線引き
では、飲食店やバー、スナック、あるいはそこで働く個人は、どこに気をつければよいのでしょうか。ここで「完璧な防御」を目指すと、ビジネス自体が立ち行かなくなるので、現実的な線引きが重要になります。
- 長期契約・専属契約を結ぶ相手の登記情報や過去の報道を、最低限チェックする
- 「現金手渡し」「領収書なし」「相場より明らかに高額」という条件には慎重になる
- 「トラブルがあったらうちが何とかする」「警察に言わない方がいい」と言う相手を警戒する
- 地域の商店会や業界団体、行政の相談窓口とつながりを持ち、孤立しない
東京都や大阪府、福岡県など一部自治体では、暴力団排除条例に基づき、事業者向けの相談窓口やマニュアルを整備しています。また、警察庁や都道府県警察も、みかじめ料の断り方や相談フローを解説したパンフレットを公表しています。これらは「怖い世界に近づかない」ための道具でもあり、「一人で抱え込まない」ためのセーフティネットでもあります。
まとめ:数字の減少と、見えにくくなるリスク
みかじめ料は、昭和から平成初期にかけて繁華街の裏側で機能していた、暴力団ビジネスの代表的なモデルでした。暴力団対策法や暴力団排除条例、金融庁によるマネロン・反社対策の強化、企業のコンプライアンス体制の整備によって、少なくとも「露骨な用心棒代」としての形は大きく後退しています。
一方で、
- 名目を変えたサービス契約やコンサル料
- フロント企業を通じたテナント支配や家賃への上乗せ
- 過剰な反社チェックと復帰ルートの欠如による「排除の固定化」
といった新しい問題も生まれています。数字の上では改善しているように見えても、現場では別の形のリスクが静かに広がっているかもしれません。
「暴力団と付き合わない」という原則は、これからも変わりません。ただし、その実務的な中身は、1990年代と2020年代ではまったく違うものになっています。みかじめ料が象徴していたのは、「見返りのある関係」というより、「断りづらさ」と「孤立」の問題でした。反社チェック時代においても、孤立させないこと、相談先を増やすことが、最終的には裏社会ビジネスの土壌を痩せさせる近道になるはずです。
南条 剛(日本の裏社会担当)/ 犯罪経済ラボ
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参考になる公的情報源
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する、組織犯罪や違法市場に関する世界犯罪報告書・統計資料
- 金融活動作業部会(FATF)によるマネーロンダリング・テロ資金供与対策に関する勧告・日本向け相互評価報告書
- 警察庁・都道府県警察が公表する暴力団情勢、暴力団排除条例関連パンフレットや統計
- 金融庁が公表するマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインおよび金融機関向け監督指針
- OECDや世界銀行が公表する、汚職・違法資金フロー・影の経済に関するレポート
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