テレビやネットで「治安が悪化している」「犯罪が急増している」といった言葉を目にすると、体感的な不安が一気に高まります。一方で、警察庁や国連薬物犯罪事務所(UNODC)、経済協力開発機構(OECD)の統計を見ると、「数字上は長期的に減少傾向」といった、直感と食い違うグラフが出てくることも少なくありません。
本稿では、「犯罪統計の数字」を軸に、治安悪化論を冷静に読み直すことをテーマにします。具体的には、日本の刑法犯認知件数や人口10万人あたりの発生率、検挙率、さらに高齢化など人口構成の変化に注目しつつ、アメリカ合衆国やイングランド・ウェールズの例とも比較しながら、「どの数字をどう見ればよいのか」「どのような誤解が起きやすいのか」を整理していきます。
なぜ「治安悪化」の印象と公式統計が食い違うのか
まず押さえておきたいのは、「治安悪化」という言葉が、しばしば複数の要素をごちゃまぜにして使われている点です。人々の体感は、実際に起きた事件だけでなく、報道の量、SNSでの拡散、身近なトラブル、さらには政治的なフレーズによっても左右されます。
一方で、警察庁が毎年公表する犯罪統計は、原則として「警察が認知した犯罪件数(認知件数)」や「そのうち検挙に至った件数(検挙件数)」を機械的に積み上げた数字です。UNODCやOECDの国際比較統計も、各国の警察や司法当局の公式データを集約したものがベースになっています。
つまり、私たちがニュースやSNSで感じる「治安」と、統計表に乗っている「犯罪件数」は、そもそも性質の違う情報です。両者が必ずしも一致しないのは当然であり、そのギャップをどう埋めるかが統計リテラシーの重要なテーマになります。
犯罪統計の4つの基本指標:認知件数・発生率・検挙率・人口構成
犯罪統計を読むとき、少なくとも次の4つの視点をセットで見ることが重要です。
- 認知件数:警察が把握した事件の件数。日本では「刑法犯認知件数」などが代表的な指標です。
- 人口10万人あたりの発生率:人口規模の違いをならした指標で、UNODCやOECDの国際比較でもよく使われます。
- 検挙率:認知された事件のうち、容疑者が検挙された割合。国・地域・犯罪類型によって大きく異なります。
- 人口構成:犯罪に関わりやすいとされる年齢層(しばしば青年〜壮年層)や性別の比率。高齢化や若年人口の減少も治安に影響します。
例えば、日本の刑法犯認知件数は2000年代前半をピークとして、その後長期的に減少し、数十年スパンで見ると「ほぼ半分以下になった」といった説明がよくなされます。ところが、同じ時期に特殊詐欺やサイバー犯罪のような新しいタイプの犯罪が目立つようになり、「昔より危険になったのでは」という体感が生まれました。
アメリカ合衆国でも、FBIの統計によれば、暴力犯罪や財産犯の発生率は1990年代以降、長期的には低下傾向を示してきましたが、一部の年で一時的に増加したり、都市ごとの格差が広がったりしたことで、「治安悪化」の議論が繰り返されています。イングランド・ウェールズでも、警察統計と犯罪被害者調査が異なるトレンドを示すことがあり、「どの指標を見るか」で印象が変わる例としてよく挙げられます。
具体事例:日本の刑法犯認知件数と「治安悪化」報道
ここでは、日本の刑法犯認知件数と治安論争を具体的なケースとして取り上げます。警察庁の統計によれば、日本の刑法犯認知件数は2000年代初頭を境に減少傾向に転じ、その後も人口減少や高齢化とともに長期的な低下が続いています。一方で、特殊詐欺や性犯罪、児童虐待など一部のカテゴリーでは、相談件数や通報件数の増加が目立ち、「深刻化している」と報じられてきました。
ケースAの流れ:数字と報道のズレ
- 刑法犯全体の認知件数は長期的に減少し、人口10万人あたりの発生率で見ても低下傾向が確認できる。
- 同じ期間に、特殊詐欺やサイバー犯罪については認知件数が増え、被害額も年間で大きな金額レンジに達する年が出てきた。
このとき、メディアは「新しい犯罪の増加」というニュースを繰り返し報じる一方で、「全体としては長期的に刑法犯が減少している」という背景はあまり注目されませんでした。その結果、「昔よりも危険になった」「犯罪が急増している」といった印象が強く残りやすくなります。
統計の側から見ると、日本の刑法犯全体の発生率は、OECD諸国の中でも比較的低い水準に位置するとされる一方で、特殊詐欺など特定分野では高齢者が集中的に被害を受けるなど、分布の偏りが問題になっています。この「全体としては低いが、一部カテゴリーで深刻」という構図を捉えずに、「治安悪化」か「安全な国か」の二択で語ると、現実からずれてしまいます。
国際比較:アメリカと欧州の犯罪率トレンドから見えるもの
国際的に見ると、アメリカ合衆国やイングランド・ウェールズ、ドイツなどでも、1990年代以降の暴力犯罪や財産犯の発生率は、長期トレンドとしては低下してきたとUNODCや各国の統計で報告されています。ただし、特定の年に一時的に増加したり、都市ごと・地域ごとに偏りが出たりすることは頻繁にあり、そのたびに「治安悪化」が政治的な争点となるのは日本と似ています。
ここで重要なのは、国際比較では必ず「人口10万人あたりの発生率」で見ること、そして犯罪被害者調査(Victimization Survey)の結果も併せて見ることです。警察に届け出られない犯罪(いわゆるダークフィギュア)がどの程度あるかは国によって大きく異なり、OECDや世界銀行の調査でも、汚職や暴力被害の自己申告率にかなりの差があることが示されています。
つまり、「ある国の認知件数が多い=その国が一番危険」「認知件数が減った=実際の被害も減った」と単純に考えることはできません。それでも、同じ統計手法・同じ定義で長期にわたってデータが蓄積されている場合、トレンドの方向性(増加か減少か)を読むうえでは有力な手がかりになります。
数字とどう付き合うか:私たちのリスク認識のために
犯罪統計の数字は、闇経済や裏社会を含む「見えにくい領域」を理解するうえで重要な情報源です。しかし、それは決して万能な真実の鏡ではなく、観測の仕方や報告ルール、人口構成の変化といった要因に大きく左右されます。
- ニュースの見出しで「治安悪化」「過去最多」と聞いたら、まず「どの犯罪類型の話か」「期間比較は何年から何年か」を確認する。
- 可能であれば、警察庁統計やUNODC、OECDといった一次データにあたり、人口10万人あたりの発生率や長期トレンドを自分の目でグラフ化してみる。
- 全体としては減少していても、一部の犯罪(特殊詐欺や家庭内暴力など)が増えているなら、「どの層がどのような被害を受けているのか」に目を向ける。
このように、数字を「治安がよい/悪い」という単純な二択ではなく、「どの分野でどのような問題が残っているのか」を整理するツールとして使うことで、過度な不安や、逆に根拠のない安心感を避けやすくなります。
まとめ:読者が意識すべきポイント
最後に、本稿の要点を簡潔にまとめます。
- 「治安悪化」という印象と、警察庁やUNODC、OECDの統計が示す長期トレンドは、必ずしも一致しない。
- 犯罪統計を見るときは、認知件数だけでなく、人口10万人あたりの発生率、検挙率、人口構成をセットで確認する必要がある。
- 日本では刑法犯認知件数が長期的に減少する一方、特殊詐欺やサイバー犯罪など一部のカテゴリーで深刻化が見られる。
- アメリカ合衆国や欧州でも、長期的には犯罪発生率が低下していても、一時的な増加や地域差によって「治安悪化」論が繰り返されている。
- ニュースの見出しだけで判断せず、一次データと基本指標を押さえることで、自分なりの現実的なリスク認識を持つことができる。
犯罪経済ラボとしては、今後も日本や各国の犯罪統計・闇経済データを、数字の前提や限界とセットで解説し、「数字に振り回されずに社会を読むための視点」を提供していきたいと考えています。
室井 大地(統計・データ分析担当)/ 犯罪経済ラボ
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参考になる公的情報源
- 警察庁「犯罪統計書」など、日本国内の刑法犯認知件数・検挙件数・犯罪発生率に関する統計資料
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する犯罪・刑事司法統計および世界薬物報告
- 経済協力開発機構(OECD)や世界銀行が公表する治安・統治・法の支配に関する国際比較指標
- 各国統計局や司法省、FBIなどが公表する犯罪統計および犯罪被害者調査(Victimization Survey)
重要な注意事項
本記事は、闇経済・犯罪ビジネス・マネーロンダリング・裏社会・ダークウェブなどの「構造」や「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為を推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。
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