「闇経済」や「犯罪ビジネス」という言葉を聞くと、多くの人はドラッグ組織や武器密売、汚職政治家の札束など、映画的なイメージを思い浮かべるかもしれません。しかし現実の闇市場はもっと静かで、もっと見えにくく、統計表の裏側にひっそりと影を落としている存在です。
見えないものをどう扱うか。そのときに登場するのが「推計」と「統計データ」です。闇経済の全体像を、体温計のように正確に「測定」することは誰にもできませんが、さまざまな痕跡や影を集めて「おおよその大きさ」と「変化の方向性」を推し量ることはできます。
ここで何よりも強調したいのは、闇市場の規模はあくまで推計値であり、絶対的な事実ではないという点です。数字は便利でパワフルな道具ですが、仮定や前提を無視してしまうと、「正しそうに見える嘘」に変わる危険も抱えています。
この記事では、犯罪経済ラボの統計・データ分析担当として、闇経済・犯罪市場の規模がどのようなデータにもとづき、どんな考え方で推計されているのかを整理します。同時に、その数字が持つ限界や偏り、誤解されやすいポイントにもきちんと触れ、「数字とうまく付き合うための視点」を提供することを目指します。
導入――闇市場は「見えない」からこそ数字で推計するしかない
まず前提として、闇市場は「見えない」ことが特徴です。合法ビジネスのように決算書やIR資料は出てきませんし、公開の統計として整然と並ぶこともありません。表に出てくるのは、逮捕件数・押収量・一部の通報、そして断片的なアンケート結果など、全体のごく一部に過ぎません。
そのため、研究者や国際機関は次のような発想で闇経済を追いかけてきました。
- ・「本来あるはずの経済規模」と「統計に表れている公式経済」の差を利用する
- ・ドラッグ、市場、違法ギャンブルなど個別市場を一つずつ積み上げる
- ・アンケートや自己申告から「見えていない部分」の手がかりを得る
これらの手法は、いずれも「直接観測できないものを、観測可能なものから間接的に推し量る」という意味で、すべて推計です。ここを勘違いして「闇市場は○兆円である」と断定的に語ってしまうと、数字だけが一人歩きして現実から離れていきます。
数字に頼るメリットは、たとえば次のような点です。
- ・闇経済の“桁”を把握できる(数百億円なのか数十兆円なのか)
- ・時間の経過に伴う増加・減少の傾向を追える
- ・他の産業やマクロ経済と比較して相対的な大きさを議論できる
一方で、数字には危うさもあります。
- ・推計の前提や仮定を無視すると、説得力のある誤解になる
- ・一つの推計が「公式な数字」のように扱われてしまう
- ・特定の国や組織を断定的に非難する材料として乱暴に使われる
この記事のゴールは、「闇市場が何兆円か」を決めることではありません。むしろ、数字が生まれるプロセスと限界を知ったうえで、どのように読み解き、どのような誤解を避けるべきかを整理することにあります。
セクション1 闇経済・犯罪市場を測るための主なデータ源
闇市場は直接は見えませんが、その「影」を映しているデータは存在します。ここでは代表的なデータ源を整理し、どんな情報が得られるのか、そしてどんな注意点があるのかを見ていきます。
国連・世界銀行・各国政府・調査機関などのレポート
闇経済・犯罪市場を定量的に語る際によく参照されるのが、国際機関や各国政府、シンクタンクのレポートです。
- ・国連薬物・犯罪事務所(UNODC)のドラッグ市場、人身取引などに関する報告
- ・OECDによるタックスヘイブンやマネーロンダリング関連の分析
- ・世界銀行やIMFが推計する「非公式経済」の規模
- ・各国の内務省・司法省・警察庁が公表する犯罪統計
これらは「比較的信頼性の高い、公的な数字の倉庫」といえますが、その多くがすでに何らかのモデルや仮定を通した推計値であることも多いです。また、犯罪に関する統計は国ごとに定義や集計方法が異なるため、単純比較はできません。
逮捕件数・押収量・通報件数などの公式データ
もう少し現場に近いデータとしては、警察・税関・金融当局などが公表する統計があります。
- ・薬物犯罪の検挙件数や押収量
- ・銃器や爆発物の押収件数
- ・金融機関からの「疑わしい取引」の届出件数
- ・税関が把握した密輸関連の摘発件数・没収額
これらは、「見つかったもの」「捕まったもの」だけをカウントした数字です。たとえば押収量が前年の2倍になったからといって、「ドラッグ市場が2倍に拡大した」とは限りません。単に取り締まりが強化され、表に出てきた割合が増えた可能性もあるからです。
公式統計は言ってみれば「氷山の海面上に出ている部分」。その下にどれだけの塊があるかは、別途推計作業が必要になります。
アンケート調査・自己申告データの使い方と注意点
もう一つの情報源が、アンケートや自己申告にもとづく調査です。
- ・市民を対象にした「被害経験」や「違法サービスの利用経験」のアンケート
- ・企業に対する「汚職・賄賂の経験」「不正会計・裏取引」の調査
- ・匿名性を高めたオンライン調査での自己申告
これらは公式統計では見えない部分を補ううえで貴重ですが、バイアスも大きくなりがちです。
- ・違法行為に関する質問に正直に答えるとは限らない
- ・調査対象が都市部やネット利用者に偏ると、結果も偏る
- ・回答したくない人が抜け落ちることで、特定の行動が過小評価される可能性
統計分析としては、こうしたアンケート結果を「そのまま事実」とするのではなく、「傾向を示す材料」として他のデータと組み合わせて読むのが基本です。
セクション2 代表的な推計手法のイメージ
データ源が整理できたところで、次は「それをどう料理して闇市場の規模を推計するのか」という話に進みます。ここでは、代表的な二つのアプローチをイメージ優先で紹介します。
トップダウン型――マクロデータから逆算する
トップダウン型は、「国全体の経済データから、見えない部分を逆算する」手法です。ざっくり言えば、
- ・消費・所得・生産などから、本来あるはずの経済規模を推定する
- ・税務や統計で捕捉されている公式経済と比較する
- ・差額の一部を「非公式経済・闇経済の可能性がある部分」とみなす
家計簿でたとえるなら、「銀行口座やカード履歴から推定される支出」と「家計簿に書かれている支出」の差を見て、「この差額は何に使ったんだろう?」と考えるイメージです。
もちろん、その差額がすべて犯罪マネーだと決めつけるのは乱暴です。統計の誤差や、単に記録されていない現金取引も含まれます。そのため、トップダウン型では「差のうちどれくらいを闇経済とみなすか」という仮定を置く必要があり、ここで推計値は大きく動きます。
ボトムアップ型――個別市場の積み上げ
ボトムアップ型は、ドラッグ、人身取引、違法ギャンブル、偽造品など、個々の市場ごとに規模を推計し、最後に合算するアプローチです。
イメージとしては、次のような掛け算が基本になります。
- ・ドラッグ市場:利用者数 × 平均購入量 × 平均価格
- ・違法ギャンブル:参加者数 × 平均ベット額 × 回数 × 還元率
- ・偽造品市場:流通個数 × 市場価格の推定
このとき、押収量やアンケート結果が入力として役立ちます。例えば押収量と想定押収率から全体の流通量を推定したり、アンケートから利用経験者の割合を推定したりします。
ボトムアップ型の強みは、「どの犯罪分野がどれくらいの規模か」を比較しやすいことです。ただし、
- ・そもそも調査対象に入っていない分野は「ゼロ」と扱われてしまう
- ・ドラッグ市場の売上とマネーロンダリングで洗浄された資金を二重に数えてしまうなど、重複の問題がある
といった弱点もあります。
モデル化と仮定が結果をどれだけ動かすか
トップダウン型・ボトムアップ型のどちらにも共通するのが、「仮定の置き方で数字が大きく変わる」という事実です。
- ・押収率は全体の何%とみなすのか
- ・アンケートで正直に答える人の割合をどう仮定するか
- ・取り締まり強化前後で検挙数の変化をどう解釈するか
これらの条件を変えると、推計値は2倍、3倍と平気で動きます。だからこそ、闇市場について書かれた報告を読むときは、「数字の大きさ」だけではなく、「どんなデータと仮定にもとづいているか」をセットで確認することが重要です。
セクション3 数字の限界と偏り
ここまでの話を聞くと、「結局、闇市場の数字ってあまり信用できないのでは?」という感想が出てくるかもしれません。その感覚は半分正しく、半分もったいない、というのが私の立場です。
「報告されない犯罪(ダークフィギュア)」の壁
犯罪統計の世界では、公式統計には現れない犯罪を「ダークフィギュア」と呼びます。
- ・被害者が恐怖や恥ずかしさから通報しないケース
- ・汚職や組織犯罪のように、関係者全員に沈黙のインセンティブがあるケース
- ・法律やルールが曖昧で、通報する側も違法かどうか判断しにくいケース
こうした「見えない部分」はいくら取り締まりを強化しても完全には統計に乗りません。その結果、公式統計には構造的な「下振れバイアス(実態より小さく出やすい傾向)」が存在すると考えるのが自然です。
取り締まり強化で数字が“増えたように見える”トリック
もう一つの重要なポイントが、「取り締まりの強さ」と「統計上の数字」の関係です。例えば、
- ・ドラッグ対策を強化した結果、検挙件数や押収量が増えた
- ・マネーロンダリング対策強化に伴い、「疑わしい取引」の届出件数が増えた
このとき、「犯罪が増えた」のか、「今まで見えていなかったものが見えるようになった」のかで意味が大きく変わります。街中の防犯カメラを増やせば万引き検挙件数は増えますが、それは「万引きが急増した」ことを意味しません。
闇市場の統計を読むときも、「数字が増えた=状況が悪化」と短絡せず、取り締まりの体制や通報義務のルール変更なども合わせて考える必要があります。
データが取れる地域・取れない地域のギャップ
世界全体を対象にした闇経済の推計では、「データが豊富な地域」と「ほとんどデータがない地域」が混在しています。
- ・統計システムが整っている先進国・都市部
- ・紛争地域や政治的に不安定な地域
後者では、公式統計そのものが整備されていなかったり、公開されていなかったりします。そのため、「世界全体」の数字を出すとき、どうしても不確実性が高くなりますが、その点は脚注でさらっと触れられるだけで、ニュースの見出しには乗りません。
数字を鵜呑みにしたときの典型的な誤解
闇市場の数字をそのまま受け取ると、次のような誤解につながりやすくなります。
- ・「A国の闇経済はB国の3倍」という見出しから、単純にA国のほうが“悪い”と決めつける
- ・特定の犯罪分野の推計値だけを取り上げて、「これが世界最大の闇ビジネスだ」と断言する
- ・ある政権の下で検挙件数が減ったことをもって、「犯罪が激減した」と結論づける
この記事を通じて伝えたいのは、「数字は重要だが、そこに含まれる前提や限界もセットで見る必要がある」という一点です。数字だけを切り出して断定的に語ることは、闇市場の理解をむしろ遠ざけてしまいます。
セクション4 それでも数字を見る意味と読み方
ここまで限界やバイアスの話を続けると、「だったら数字なんて見ても仕方ないのでは?」という気分になるかもしれません。それでも、私は数字を見る価値は十分にあると考えています。
トレンド(増加・減少)を見る
絶対値(何兆円・何万人)には大きな誤差があっても、トレンドを見ることでわかることは多くあります。
- ・取り締まり強化や法改正の前後で、指標が長期的に増加・減少しているか
- ・経済危機やパンデミックなどのショックの前後で、犯罪構造がどう変わったか
- ・特定の地域や分野で、数年単位の上昇傾向が続いているかどうか
例えば「闇市場の規模は数十兆〜数百兆円」という幅しかわからなくても、「過去10年で1.2〜1.5倍に膨らんでいる」といった情報は、方向性を把握するうえで強いヒントになります。
他の産業・指標との比較
数字の強みは、「比較」ができることです。同じ闇市場の推計値でも、文脈を変えると見え方が変わります。
- ・ある国の闇経済の規模が、その国のGDPの何%に相当するか
- ・ドラッグ市場の売上が、合法的なアルコール産業や娯楽産業と比べてどれくらいか
- ・違法な資金フローの推計が、合法的な対外直接投資や送金と比べてどの程度か
こうした比較は、「闇市場がどれくらいの存在感を持っているか」を直感的に捉えるうえで役立ちます。ただし、比較対象の数字もまた推計であることが多いので、「推計と推計の比較」であることは忘れてはいけません。
1つの数字ではなく、複数の指標を組み合わせる
私は犯罪経済を見るとき、常に「ダッシュボード」のイメージを持ちます。スピードメーターだけを見て運転しないように、闇市場も1つの指標だけで判断すべきではありません。
例えば次のような組み合わせが考えられます。
- ・検挙件数、押収量、「疑わしい取引」の届出件数
- ・関連する合法産業の売上規模や価格動向
- ・失業率や所得格差など、背景となる社会経済指標
- ・アンケートや調査から得られる利用経験・被害経験の割合
これらを並べて眺めることで、「どの指標が連動して動いているか」「どこにズレがあるか」が見えてきます。ズレがあるところは、「何か見落としている要因があるのでは?」と仮説を立てる出発点になります。
セクション5 これからの犯罪経済データとテクノロジー
最後に、犯罪経済を数字で追いかけるうえで、これから重要性が増していくテクノロジーとデータについて簡単に触れておきます。
衛星データ・決済データ・ブロックチェーン解析など、新しいデータソース
従来の統計やアンケートに加えて、近年は次のようなデータが犯罪経済の分析に使われ始めています。
- ・衛星画像から違法採掘・違法伐採・密輸に使われる港湾などの動きを推定する試み
- ・クレジットカードや電子決済データから、不自然な取引パターンやネットワークを検知するシステム
- ・ブロックチェーン上のトランザクションを解析し、マネーロンダリングやランサムウェアの資金フローを追跡する手法
これらは、従来はほぼ真っ暗だった領域に少しずつ光を当てるツールと言えますが、万能ではありません。匿名化技術や新しい手口とのいたちごっこはこれからも続いていきます。
プライバシーと監視のバランス
テクノロジーが高度になるほど、避けて通れないのがプライバシーとのバランスです。
- ・犯罪対策の名目で一般市民の行動や取引が過剰に監視されるリスク
- ・監視データが不正に利用された際の被害の大きさ
- ・「怪しいパターン」と判定された人が誤って疑われる可能性
数字やテクノロジーを使って闇市場を追跡する際には、「どこまでが社会的に許容される範囲か」という合意形成が欠かせません。これをおろそかにすると、「犯罪対策のために社会全体が監視社会化する」という本末転倒に陥りかねません。
AIによる異常検知・パターン分析の可能性とリスク
AIは、大量のデータの中から人間の目では見逃しがちなパターンを見つけるのが得意です。
- ・取引ネットワークの中で、不自然な送金ルートや頻度を検知する
- ・特定の地域や時間帯に集中する異常な取引を見つける
- ・複数のデータソースをまたいだ相関パターンを掘り起こす
こうした技術は、犯罪経済の検知や推計において大きな武器になりつつあります。一方で、AIが出した「スコア」や「予測」をそのまま事実として扱うのは危険です。
- ・学習データの偏りが、そのまま差別や誤認識につながる可能性
- ・モデルの中身がブラックボックス化し、「なぜそう判定されたのか」が説明できない問題
- ・統計的な異常が、必ずしも「犯罪」や「悪意」を意味しないという点
AIを含むどのような分析ツールに対しても、「結果に飛びつかず、前提と限界を理解しながら使う」態度が求められます。これは、闇市場の推計モデル全般に共通する基本姿勢です。
まとめ――「数字で見る犯罪経済」と付き合うために
最後に、本記事の要点を整理します。
- ・闇経済・犯罪市場の規模は「測定値」ではなく、あくまで「推計値」である
- ・データ源には、公式統計、国際機関のレポート、アンケート、新しいテクノロジー由来のデータなど多様なものがある
- ・トップダウン型とボトムアップ型の推計があり、いずれも仮定の置き方によって数字が大きく動く
- ・ダークフィギュア、取り締まり強化による見かけ上の変化、データが取れない地域の存在など、数字には限界と偏りがある
- ・それでも、トレンドや比較、複数指標の組み合わせを通じて、闇市場の輪郭を以前よりも鮮明に捉えることはできる
闇経済の数字を見るとき、次のようなチェックリストを頭の片隅に置いておくと、誤解を減らせます。
- ・その数字は「測定値」か「推計値」か
- ・どんなデータ源と手法が使われているか
- ・どんな仮定(前提条件)が置かれているか
- ・トレンドや他指標との比較関係はどうなっているか
- ・その数字を使って、誰がどんな主張をしようとしているのか
犯罪経済ラボでは、今後も闇経済マクロ、マネーロンダリング、サイバー犯罪などの各テーマを扱う記者の記事と連動しながら、「数字で見る闇市場」の連載を続けていく予定です。
完全に見えることは決してない世界だからこそ、限界を知りつつ、それでも数字というかすかな光をどう活かすか。統計・データ分析担当として、これからもその視点から闇経済を追いかけていきます。
(執筆:室井 大地/犯罪経済ラボ・統計・データ分析担当)
【重要な注意事項】
本記事は、闇経済・犯罪ビジネス・マネーロンダリング・裏社会・ダークウェブなどの「構造」や「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為を推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。
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