日本各地の工場や農場、建設現場、介護施設で働く「技能実習生」。その制度が「国際貢献」ではなく、「令和の奴隷制」だと批判されていることは、ここ数年、日本でもようやく広く知られるようになってきました。統計を見ると、2022年末の技能実習生は約32万人、そのうち年間9,000人以上が失踪という数字が示されています。これは単なる「トラブル」ではなく、構造としての搾取を疑わざるをえない規模です。
本稿では、技能実習制度の成り立ちと仕組み、なぜ「奴隷制」とまで呼ばれるのかを、具体的なデータと事例を交えながら整理します。ベトナム人実習生の典型的なケースを軸に、お金の流れ・権力関係・日本企業と地方社会が得てきた“見えない利益”を可視化し、さらに技能実習の後継とされる「育成就労制度」で何が変わり、何が変わらないのかを検証します。
技能実習制度とは何か:表向きの「国際貢献」と実態のギャップ
技能実習制度は1993年に本格的に始まった制度で、当初は「開発途上国への技術移転」を目的とする国際貢献策と説明されてきました。制度の運用には、かつての国際研修協力機構(JITCO)、現在の外国人技能実習機構(OTIT)、そして出入国在留管理庁など、複数の省庁や関連機関が関わっています。
しかし実態としては、日本国内の人手不足を補う「低賃金の単純労働力確保」の色彩が強く、国際労働機関(ILO)や国連の専門家、さらには日本弁護士連合会(JFBA)などからも、人権侵害や強制労働の温床として繰り返し批判されてきました。
制度上、技能実習生は最長5年の在留が可能ですが、在留資格は受け入れ先の企業や監理団体に強く紐づけられ、原則として自由な職場変更(転籍)は制限されてきました。この「転籍の難しさ」が、パワーバランスを受け入れ側に大きく傾け、劣悪な環境から逃げにくい構造を生んでいます。
なぜ「令和の奴隷制」と呼ばれるのか:数字が示す構造的な搾取
技能実習制度が「奴隷制」とまで呼ばれる背景には、個別の不祥事を超えた構造的な問題があります。いくつかのポイントに分解してみます。
- 借金による囲い込み:ベトナムやフィリピン、中国などの送り出し国では、仲介ブローカーや語学学校への支払いとして、家族が数十万円〜100万円超の借金を背負って来日するケースが少なくありません。日本到着時点で、すでに「借金を返すために辞められない」状態が作られます。
- 長時間労働と低賃金:報道や裁判例を見ると、最低賃金すれすれの基本給に、違法な長時間残業を組み合わせて「手取りはそこそこに見せる」手口や、残業代の未払いが繰り返し指摘されています。
- 監視と転籍制限:パスポートや在留カードを取り上げる、寮や職場からの外出を厳しく制限する、他社に移ろうとすると「帰国させる」と脅す――といった証言が、支援団体やメディアの調査で多数報告されています。
さらに、数字もこの構造の歪みを示しています。出入国在留管理庁の資料によれば、2022年末時点の技能実習生は約32万4,000人、そのうち1年間に失踪が確認されたのは9,006人で、実習生全体の約2%に相当します。 これは単発の事件ではなく、「逃げざるをえない環境」がかなりの規模で存在することを意味します。
2019年に公表された法務省の調査では、2012〜2017年の間に少なくとも171人の技能実習生が死亡し、759件の虐待疑い事案が確認されたことも明らかになりました。 米国務省の「人身取引報告書(Trafficking in Persons Report)」や国際NGOも、技能実習制度を強制労働・人身取引リスクの高い制度として繰り返し問題視しています。
具体事例:ベトナム人技能実習生の「失踪」に見る逃走のロジック
ここでは、報道や支援団体が明らかにしてきたパターンをもとに、典型的なベトナム人技能実習生のケースを整理してみます。個々の実在人物を特定するものではなく、日本各地で繰り返されている構造の一例です。
彼はベトナム北部の農村出身で、家族と話し合って日本行きを決めました。送り出し機関と提携する現地ブローカーを通じて、日本語学校の授業料や紹介手数料、渡航費などとして、日本円換算で約100万円の負債を負います。目的は「3年間真面目に働いて借金を返し、実家の家を建て直すこと」でした。
しかし、配属されたのは地方の食品加工工場。名目上は「技術習得」ですが、実際の仕事は単純なライン作業で、1日10〜12時間立ちっぱなし。残業代はきちんと払われず、寮費や光熱費と称して高額な控除がなされ、手元に残るお金は少額です。指導役の日本人からの罵声、母国語を話すことさえ咎められる環境の中で、彼は「ここにいても借金が減らない」と気づき始めます。
ケースの流れ:誰がどこで利益を取っているのか
- 送り出し国のブローカー・語学学校:高額な「日本行きパッケージ」を販売し、手数料収入を得る。
- 日本の監理団体:受け入れ企業から管理費を徴収しつつ、形式的な監査にとどまる場合もある。
- 受け入れ企業:人件費を抑えつつ、慢性的な人手不足を補う低コスト労働力として実習生を利用する。
- 技能実習機構や関係省庁:制度の枠組みを維持・改修しながらも、現場のすべてを監視しきれていない。
やがて彼は、SNS上で「もっと給料のいい仕事がある」「寮費もいらない」という書き込みを見つけます。その多くは在留資格と関係なく働かせるブローカーや、非正規な就労先につながっており、⻑時間労働やさらに危険な職場環境を伴うことも少なくありません。それでも彼にとっては、「今の職場に縛られて合法的に搾取され続ける」か、「失踪して違法状態で働く」かの二択に見えてしまう――これが、技能実習制度が事実上の人身取引ルートになりうる核心部分です。
日本社会と企業が得てきた「安さ」の裏側
技能実習生が集中しているのは、農業、建設、縫製、食品加工、介護など、日本人の若年層が集まりにくい低賃金・重労働の分野です。 これらは、地方の中小企業や農家にとっては「実習生なしでは事業が回らない」と言われるほど依存度が高まっています。
この構造から利益を得ているのは、受け入れ企業だけではありません。安価な人件費によって維持されている商品・サービスの価格を、都市部の消費者も享受しています。スーパーで売られる加工食品、コンビニ弁当、ファストファッション、建設現場のコスト削減――その裏側には、見えにくい形で外国人労働者の犠牲が埋め込まれています。
さらに、日本政府にとっても、統計上は「正規の在留資格を持つ外国人労働者」として数えられるため、OECDや国際通貨基金(IMF)との比較で「移民受け入れ」をアピールする材料にもなってきました。しかし、その実態は市民権も社会的発言力も弱い層に搾取を集中させるモデルであり、国際労働基準との整合性が問われ続けています。
技能実習から「育成就労」へ:新制度で本当に変わるのか
こうした批判を受け、日本政府の有識者会議は2023年、「技能実習制度を廃止し、新たに『育成就労制度』を創設する」という方向性を打ち出しました。2024年には出入国管理法と技能実習法の改正が成立し、今後、技能実習に代わる育成就労制度への移行が進むことになります。
育成就労制度は、一定期間を経れば職場の変更をしやすくする、より「人材確保」を前面に出した制度設計になるとされています。一見すると、転籍制限の緩和やキャリアパスの明確化など、実習生側に有利な要素も含まれます。
しかし、批判的な研究者や支援団体は、「名称が変わっても、低賃金・不安定な在留資格に依存した外国人労働力モデル自体は温存されるのではないか」と警戒しています。特に、送り出し国側での高額な仲介手数料の禁止・規制、日本国内での労働基準監督署や地方自治体による実効的な監査、通報した実習生が報復的な帰国を強いられない保護スキームなどがどこまで整備されるかが、今後の焦点になります。
私たちが意識すべきポイント:消費者・有権者としての関わり方
技能実習制度をめぐる問題は、海外のどこか遠い話ではなく、「日本社会がどのようなコスト構造と倫理水準を選ぶのか」という問いそのものです。国連薬物犯罪事務所(UNODC)や国際労働機関(ILO)の報告書が繰り返し指摘するように、人身取引や強制労働は、単独の犯罪組織だけでは成立しません。日常的なビジネスや行政の仕組みが、それを「見て見ぬふり」する形で支えてしまうとき、初めて巨大な市場になります。
- 消費者として、あまりに安い商品やサービスの背景にある労働環境に目を向けること。
- 地方選挙や国政選挙で、外国人労働政策や人権保護をどう位置づける政党・候補なのかをチェックすること。
- 技能実習生や留学生が身近にいる場合、情報提供や相談窓口の存在をさりげなく伝えること。
「令和の奴隷制」という強い言葉は、決して比喩ではなく、制度とビジネスモデルの組み合わせが生む現実を突きつける警告です。その構造を理解し、搾取のコストを誰に押しつける社会を選ぶのか――それを決める主役は、最終的には日本社会の多数派である私たち一人ひとりです。
まとめ:技能実習問題は、人身売買・搾取構造を映す鏡
本稿では、技能実習制度の歴史と仕組み、失踪・死亡事案などの数字、ベトナム人実習生の典型ケース、日本企業と地方社会の利害、そして育成就労制度への移行を踏まえ、「なぜ令和の奴隷制と呼ばれるのか」を整理しました。
人身売買や搾取構造は、派手な犯罪組織だけがつくるものではありません。行政の設計、企業のコスト意識、私たち消費者の「安さへの期待」が重なったとき、もっとも弱い立場の人々に負担が集中します。技能実習の行方を追うことは、日本社会全体の価値観とリスクの取り方を問い直す作業でもあります。
久世 遥(人身売買・搾取構造担当)/ 犯罪経済ラボ
参考になる公的情報源
- 出入国在留管理庁「外国人在留統計」「技能実習生の失踪に関する統計」
- 外国人技能実習機構(OTIT)が公表する監査結果や実習実施者への行政処分情報
- 国際労働機関(ILO)・国連薬物犯罪事務所(UNODC)などが発表する強制労働・人身取引に関する報告書
- 米国務省「人身取引報告書(Trafficking in Persons Report)」の日本章
- 日本弁護士連合会(JFBA)や移住者と連帯する全国ネットワーク(SMJ)等による意見書・調査レポート
重要な注意事項
本記事は、技能実習制度や人身売買・搾取構造などの「仕組み」「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為を推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。
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