日本では、外国人技能実習生が約30万人規模に達し、その多くが建設、農業、介護、製造など人手不足の現場を支えています。しかし、この制度は「学びのための就労」ではなく、実態としては低賃金で縛りつける「令和の奴隷制」ではないか、と国内外から厳しく批判されています。
本稿では、技能実習制度の建前と現実のギャップ、送り出し国と日本をまたぐ搾取のチェーン、典型的な事例、日本社会への影響、そして制度改革の行方を整理します。単なる「かわいそうな話」ではなく、構造としてなぜ搾取が生まれやすいのかを、数字と具体例を交えて解きほぐします。
技能実習制度とは何か――建前は「国際貢献」、実態は低賃金労働力
外国人技能実習制度は、1993年に創設され、「日本の技術・技能・知識を開発途上地域などに移転し、国際協力を行うこと」を目的とする制度として位置づけられてきました。法的には「研修」からスタートし、その後「技能実習法」によって制度化されましたが、現場では長らく「安価で言うことを聞く労働力」を確保するための仕組みとして利用されてきた側面が否定できません。
出入国在留管理庁の統計や各種レポートによれば、技能実習生は2020年代にかけて約30万〜32万人規模に達し、外国人労働者全体の中でも大きな割合を占めています。送り出し国はベトナム、インドネシア、中国、フィリピンなどアジア諸国が中心です。多くの実習生が地方の中小企業や農業・漁業・介護現場に分散配置され、日本の人口減少と高齢化で生じた労働力不足を実質的に補っています。
一方で、実習生は在留資格上「労働者」でありながら、職場の選択や転籍の自由が大きく制限され、「学ぶために来たことになっているのに、実際は逃げられない労働者」という矛盾した位置づけに置かれています。この「半分労働者・半分研修生」というグレーな設計が、搾取を生みやすい土壌になっています。
なぜ「令和の奴隷制」と呼ばれるのか――制度に埋め込まれた支配と従属の構造
技能実習制度が「令和の奴隷制」とまで批判される理由は、個々の悪質な事業者だけでは説明できません。制度の設計そのものが、実習生を構造的に弱い立場に固定しやすいからです。代表的な要素を整理すると、次のようなポイントが浮かび上がります。
送り出し国での高額な手数料と借金
- 多くの実習生は、送り出し機関やブローカーに対して数十万円〜百万円規模の手数料を支払い、借金を負って来日します。
- この「借金労働」の構図により、実習生は多少の違法な長時間労働やハラスメントがあっても「帰国したら借金だけが残る」という恐怖から声を上げにくくなります。
- 国際労働機関(ILO)や国際移住機関(IOM)は、こうした過大なリクルートメント・フィーが強制労働のリスク要因になると繰り返し警告しています。
転籍の制限と在留資格の「人質化」
- 従来の技能実習制度では、実習生が自由に職場を変えることができず、原則として受け入れ企業や監理団体の同意がなければ転籍は困難でした。
- トラブルがあっても「辞めれば在留資格を失い、帰国せざるを得ない」という構造のため、パワハラ・セクハラ・賃金未払いなどがあっても我慢せざるを得ないケースが多数報告されています。
- 実習生の在留資格が、事業者や監理団体の手の中で「人質」のように機能してしまうことが、「現代の奴隷制」と批判される大きな要因です。
長時間労働と低賃金、生活環境の劣悪さ
- 最低賃金すれすれ、あるいは名目上は最低賃金を守りつつも、過大な寮費や諸経費を差し引くことで、手取りが月数万円台になるケースが報道されています。
- 残業代不払い、36協定を無視した長時間労働、危険な作業への配置など、労働基準法に反する疑いのある事例も繰り返し指摘されています。
- 複数人で狭い寮に詰め込まれ、トイレや浴室の衛生状態が悪い、外出の自由が事実上制限されるといった生活環境も、「尊厳を損なう扱い」と国際機関から批判されてきました。
監督機関の限界と「見て見ぬふり」のインセンティブ
- 技能実習制度の監督機関としては、外国人技能実習機構(OTIT)や出入国在留管理庁、労働基準監督署などがありますが、全国に散らばる数十万規模の実習生を十分にカバーするには人員も予算も不足しています。
- 監理団体や受け入れ企業にとって、実習生は貴重な労働力であり、「多少の問題があっても目をつぶって回す」インセンティブが働きやすい構造があります。
- 一度問題が発覚しても、実習生側が十分な証拠を集めにくく、言語の壁もあって救済手続きや相談窓口につながりにくいという現実も、構造的な弱点と言えます。
具体事例:ベトナム人技能実習生の「逃亡」と搾取の連鎖
ここでは、報道や調査で繰り返し指摘されてきたパターンに基づき、典型的なケースをひとつのストーリーとして整理してみます。これは特定の企業や個人を指すものではなく、多数の事例に共通する構造を抽象化したものです。
ケースA:縫製工場で働くベトナム人技能実習生
- 上流(送り出し国):ベトナムの地方出身の若者が、日本での高収入を期待させる説明を受け、送り出し機関と契約。仲介業者への手数料や渡航費として家族で借金を負い、総額は100万円近くに達する。
- 中流(監理団体・受け入れ企業):日本の監理団体が縫製工場に実習生を供給。工場側は慢性的な人手不足とコスト圧力を抱えており、「残業込みで働いてくれる実習生」に依存する。
- 下流(現場の実態):名目上は月給十数万円だが、寮費・光熱費・各種「指導料」が天引きされ、手取りは数万円。繁忙期には連日の残業と休日出勤が続き、残業代は一部しか支払われない。
逃亡と「見えない労働市場」への流入
- やがて実習生の一部は、過酷な労働と低賃金に耐えられなくなり、工場から「失踪」する道を選ぶ。行き先は、同国出身者のネットワークやSNSで紹介される非正規の仕事で、農業、建設、清掃、夜間の物流などが多い。
- 在留資格を失った状態で働くため、賃金の未払いがあっても法的な保護を求めにくく、より搾取的な条件で働かされる危険が高い。
- この段階になると、人身取引や偽装結婚、犯罪組織による搾取といった、別の闇市場と接続していくリスクも指摘されています。
当局の対応と限界
- 日本政府は技能実習法に基づき、監理団体や受け入れ企業への改善命令・認可取消しなどの措置を行ってきましたが、違反事例は後を絶ちません。
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)や他の国際機関は、日本に対して人身取引被害者の保護や被害認定の拡充、借金労働への対処を強化するよう勧告してきました。
- それでも、実習生本人が声を上げなければ表面化しないケースが多く、「失踪」してしまえば統計からも消えてしまうため、実態把握そのものが困難という構造的問題が残っています。
日本社会と経済への影響――安さと沈黙に依存する産業構造
技能実習生は、日本の地方経済と生活インフラを陰で支えています。農業・漁業・建設・介護・食品加工など、多くの現場で「実習生がいなければ回らない」と言われるほど依存度が高まっています。
これは短期的には人手不足を緩和する一方で、次のような副作用を生んでいます。
- 本来は構造的な賃金水準や労働環境の改善によって人材を確保すべき分野で、「安くて長時間働く外国人」に依存することで問題を先送りしている。
- 日本人の若年層や女性、高齢者の労働参加を促すための投資(賃金、託児、柔軟なシフトなど)が後回しにされる。
- 実習生の子どもや家族が送り出し国で不安定な生活を強いられ、グローバルな南北格差の固定化に加担することになる。
こうした構造は、日本の「安さ」に依存したビジネスモデルを温存し、長期的には産業の生産性向上や技術投資を妨げるリスクもはらんでいます。
制度改革と新しい在留制度――それでも残る「搾取の温床」
国際社会からの批判や国内世論の高まりを受け、日本政府は技能実習制度の見直しに動いてきました。技能実習法による監督強化に加え、近年では「特定技能」や新たな在留制度への移行が議論されています。
- 有識者会議は、技能実習制度を廃止し、より明確に「人材確保」を目的とした新制度への転換を提言しました。
- 転籍制限の緩和や日本語教育の拡充、送り出し機関の規制強化などが議論されています。
- 同時に、外国人受け入れ全体の規模や社会的影響について、政府報告書レベルで本格的な議論が始まりつつあります。
しかし、制度の名称や表面上のルールを変えるだけでは、搾取の根本要因は消えません。送り出し国での過大な手数料、現場の人手不足とコスト競争、監督機関のリソース不足、差別や排外感情などが組み合わさる限り、「名前を変えた同じ構造」が温存される危険があります。
まとめ:私たちは「令和の奴隷制」をどう捉え、どこから変えるべきか
技能実習制度をめぐる問題は、「一部の悪質な企業の不祥事」ではなく、日本の労働市場、移民政策、国際協力のあり方が交差する構造問題です。送り出し国と日本の間で、借金、在留資格、言語・情報格差が絡み合うことで、実習生は事実上「選択肢のない労働」を強いられやすい立場に置かれてきました。
読者としてできることは、まずこの構造を知識として押さえ、「安い商品やサービス」の背景にあるかもしれない搾取にも目を向けることです。そのうえで、企業や自治体、国レベルの政策が、本当に人権と公正な労働条件を前提にしているのかを問い直す必要があります。
「令和の奴隷制」という強い言葉は、実習生個人への同情だけでなく、日本社会がどのような労働と移民のあり方を選ぶのかを突きつける問いでもあります。制度改革の議論を「専門家任せ」にせず、生活者としての視点から注視し続けることが求められています。
久世 遥(人身売買・搾取構造担当)/ 犯罪経済ラボ
- 日本の「副業解禁」と闇バイト・グレーゾーン労働市場はいくらあるのか
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参考になる公的情報源
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する、移住労働者と人身取引に関する報告書や統計資料
- 国際労働機関(ILO)および国際移住機関(IOM)による、移民労働・強制労働・リクルートメント・フィーに関するガイドラインと調査報告
- 出入国在留管理庁・厚生労働省・外国人技能実習機構(OTIT)が公表する技能実習・特定技能制度関連の統計・白書・有識者会議資料
- 経済協力開発機構(OECD)や世界銀行が発表する、日本の移民政策・労働市場に関するレポート
重要な注意事項
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