世界の「影のGDP」をどう測るか──シャドーエコノミー推計という危うい物差し

「この国のシャドーエコノミーはGDPの30%に達する」「世界の影のGDPは数十兆ドル規模だ」。そんな見出しを見たことがあるかもしれません。しかし、冷静に考えると疑問が湧きます。そもそも統計に出てこない闇経済・地下経済を、どうやってパーセンテージ付きで「測れる」のか。この記事では、世界で使われているシャドーエコノミー推計の仕組みと、その危うさをマクロの視点から整理します。

シャドーエコノミーとは何か──「影のGDP」という発想

まず前提となる用語を整えます。闇経済・地下経済・シャドーエコノミー・インフォーマル経済など、似た言葉が乱立しているからです。本記事では、次のように整理しておきます。

  • インフォーマル経済:税・労働法・社会保険のルールから外れているが、必ずしも犯罪とは言えない小規模ビジネスや自営業活動。
  • 犯罪経済(闇経済):麻薬・人身売買・違法賭博など、明確に違法なビジネスから成る経済活動。
  • シャドーエコノミー(影の経済):公式統計に十分に反映されていない経済活動全体。インフォーマル経済と犯罪経済をまとめた「見えないGDP」と考えるとイメージしやすい概念。

「影のGDP」とは、まさにこのシャドーエコノミーの規模を、公式のGDPに対する割合として表現したものです。例えば「この国のシャドーエコノミーはGDP比25%」という数字は、「統計に出てこない経済活動が、公式統計の4分の1程度あるかもしれない」というニュアンスを持ちます。

問題は、この「かもしれない」をどう数値化するかです。見えないものを測るには、何らかの「代理指標(プロキシ)」や仮定を使うしかなく、その選び方次第で結果が大きく変わってしまいます。

どうやって「見えない経済」を測るのか──代表的な推計手法

世界でよく使われるシャドーエコノミー推計の方法は、いくつかの系統に分けられます。ここでは代表的な手法を、数式抜きでかみ砕いて紹介します。

通貨需要アプローチ──「現金の多さ」から逆算する

もっとも古典的な方法の一つが「通貨需要アプローチ」です。発想はシンプルで、

  • 地下経済では銀行振込やカード決済より現金が好まれるはず
  • したがって、説明できないほど大量の現金需要があれば、その一部はシャドーエコノミーのせいかもしれない

というロジックに基づきます。具体的には、

  • 所得水準、金利、決済インフラといった要因から「本来必要なはずの現金需要」を統計モデルで推計
  • 実際の現金残高との差分を、「影の取引に使われている現金」とみなす

という手順で、シャドーエコノミーの規模を逆算します。

問題は、「現金が多い=闇経済が大きい」とは限らない点です。単にカード決済が普及していない、金融への信頼が低い、高齢者が多いなどの理由で現金が好まれる国もあり、純粋に闇経済だけを拾えているとは言えません。

MIMICモデル──複数の指標から一つの「隠れ要因」を推定する

より最近の主流となっているのが「MIMICモデル」と呼ばれる手法です。これは統計学でいう「潜在変数モデル」の一種で、直接観測できない要因(ここではシャドーエコノミー)を、複数の観測可能な指標から逆算するアプローチです。

ざっくり言うと、

  • 税負担の重さ、規制の厳しさ、失業率などを「シャドーエコノミーを増やす要因」としてモデルに入れる
  • 通貨流通量、労働参加率の歪み、電力消費などを「シャドーエコノミーの存在によって影響を受ける指標」として組み込む
  • これらの関係を統計的にフィットさせ、「見えないシャドーエコノミー」の大きさを推定する

というイメージです。複数の要因を同時に扱えるため、それなりに説得力がありますが、前提となる仮定が多く、「どの変数を採用するか」「各変数が影響を与える向きと強さをどう設定するか」で結果が大きく変わるという弱点もあります。

電力消費・物理指標アプローチ──「電気はごまかしにくい」?

もう一つの系統が、電力消費や交通量、衛星から見た夜間光などの「物理的な指標」から経済活動を推計する方法です。発想としては、

  • 工場や店舗、住宅での電力消費は、申告されていない経済活動も含めた「実際の活動量」に近い
  • 公式GDPと電力消費の関係をモデル化できれば、そこから「統計に出てこない分」を推定できる

というものです。衛星データなども組み合わせれば、地域ごとの明るさから「活気」と「統計上のGDP」のギャップを見る、といった試みも可能になります。

ただしこれも、

  • エネルギー効率の違い
  • 産業構造の変化(製造業からサービス業へ)
  • 節電政策や省エネ技術の進歩

などをどう取り扱うかによって結果が変わります。「電力は嘘をつかない」と言いたくなりますが、電力とGDPの関係は時代・産業構造によって大きく揺れるのが現実です。

調査・申告データ──「自己申告」に頼る限界

よりミクロなレベルでは、家計や企業へのアンケート調査、税務調査結果などをもとに、「申告していない収入の割合」を推計する手法もあります。例えば、

  • 家計調査と企業売上・税務データを突き合わせ、整合しない部分を「影の所得」とみなす
  • 「過去1年で申告しなかった収入はありますか?」といった質問を統計的に処理する

などです。ただし、当然ながら「自分の脱税や違法行為を正直に答える人は少ない」ため、数字は控えめに出る傾向があり、本当の大きさより小さく見積もるバイアスを抱えています。

推計値はどれくらいバラつくのか──数字の幅と前提条件

これらの手法が抱える共通の問題は、「前提条件とモデルの選び方によって結果が大きく変わる」という点です。同じ国について、ある研究では「シャドーエコノミー比率20%」、別の研究では「35%」といった具合に、かなりの幅が出ることも珍しくありません。

数字がブレる主な要因を整理すると、次のようになります。

  • どこまでを「シャドーエコノミー」に含めるか:インフォーマルな屋台や家事労働を含めるか、明確な犯罪経済だけに絞るかでレンジが変わる。
  • モデルに入れる変数の選び方:税率や規制だけを見るのか、汚職指標やガバナンス指標も加えるのか。
  • 係数・関係性の仮定:例えば「税率が1ポイント上がるとシャドーエコノミーがどれだけ増えるか」をどう設定するか。
  • データの質と入手可能性:途上国ではそもそも基礎統計が粗く、シャドーエコノミー推計以前の問題を抱えていることも多い。

その結果、「この国のシャドーエコノミーはGDPの〇%」という数字は、精密な測量値というより、「いくつかの前提を置いたうえでの、大まかなレンジの目安」に近い性格を持ちます。

つまり、

  • 他国との単純なランキング比較(何位だから良い/悪い)には向いていない
  • 年ごとの微小な変化(例えば24%→25%)を「改善/悪化」と断定するのも危険

ということです。影の経済の変化を見るなら、「同じ手法で長期的なトレンドを見る」程度にとどめるほうが安全です。

「影のGDP」が政策をどう誤らせるか──数字に振り回されるリスク

それでもなお、シャドーエコノミー推計は、政策決定や世論形成に一定のインパクトを持ちます。ここでは、そのプラスとマイナスを整理してみます。

プラスの面──「見えない問題」を可視化する効果

良い面から見れば、「影のGDP」という概念は、次のような点で役に立ちます。

  • 税収の取りこぼしや地下労働の規模をざっくりと認識するきっかけになる
  • 汚職や規制の歪みが、どれほど経済活動を地下に追いやっているかを議論しやすくする
  • マネーロンダリングや闇経済の問題を「治安」だけでなく「マクロ経済・財政」の問題として位置づける助けになる

要するに、「統計には出ていないが、確かに存在している負の側面」を、ある程度の数字を伴って政策テーブルに載せる役割を果たしていると言えます。

マイナスの面──「万能指標」扱いされる危険

一方で、数字の不確実性が十分に理解されないまま、単純なランキングやレッテル貼りに使われると、次のような問題が生じます。

  • 「シャドーエコノミー比率が高い=この国はダメだ」といった短絡的な評価が広まる
  • 統計の改善(手法変更やデータ精度向上)による数字の変化が、「実態の悪化」と誤解される
  • 「影のGDPを減らすこと」自体が目的化し、貧困層やインフォーマル経済への過度な締め付けに利用される

特に問題なのは、「シャドーエコノミーを減らす=取り締まりを強化する」という単純な発想に流れやすい点です。税務調査や罰則を強くするだけでは、インフォーマルな生計手段が失われ、生活が成り立たなくなる人々も出てきます。

シャドーエコノミー縮小は「良いこと」だけか──インフォーマル経済の二面性

ここで、一歩引いて考える必要があります。シャドーエコノミーには、明確に違法な闇経済と、グレー〜合法寄りのインフォーマル経済が混在しているからです。

例えば、

  • 所得を申告していない小さな屋台や露天商
  • 家事代行やベビーシッターなどの非登録サービス
  • 難民・移民が正式な許可なく行う日雇い労働

といった活動は、税や社会保険の観点から見れば問題を含みますが、同時に「公式経済に吸収されにくい人々の生存戦略」という側面も持っています。

もし、シャドーエコノミー比率の数字だけを見て「ゼロに近づけるべきだ」と考えると、

  • 規制や罰則だけが強化される
  • しかし、正式な雇用機会や社会保障の整備が追いつかない

という、下層の生活をむしろ不安定にする結果に陥りかねません。闇経済の中でも、

  • 暴力・搾取・環境破壊を伴う「本当に減らすべき部分」
  • 制度からあふれた人々の「最後の安全弁」として機能している部分

を区別して考えることが、マクロな議論では不可欠です。

まとめ:数字を「真実」ではなく「仮の地図」として使う

本記事のポイントを整理します。

  • シャドーエコノミー(影の経済)は、インフォーマル経済と犯罪経済を含む「統計に現れにくいGDP」の総称であり、「影のGDP」はその規模感を示す指標に過ぎない。
  • 通貨需要アプローチ、MIMICモデル、電力消費・物理指標、調査データなど、代表的な推計手法はそれぞれ強みと弱みがあり、前提条件によって結果は大きく変わる。
  • 「この国のシャドーエコノミーはGDPの〇%」という数字は、精密な真実ではなく、いくつかの仮定の上に成り立つ「仮の地図」として扱うべきであり、ランキング競争や単純な優劣評価には向かない。
  • 影のGDPを意識することは、税収の取りこぼしや闇経済の問題を可視化するうえで有益だが、数字だけに注目すると、インフォーマルな生計手段の破壊や弱者への締め付けにつながるリスクもある。
  • 本当に問うべきなのは、「どの部分のシャドーエコノミーを減らすべきか」「そのために、公式経済側をどう整えるべきか」という構造的な問いであり、単に比率を下げること自体ではない。

今後、ニュースやレポートで「この国のシャドーエコノミーはGDPの△%」といった数字を見るときは、

  • どの手法で、どんな前提で出された数字なのか
  • インフォーマル経済と犯罪経済をどう切り分けているのか
  • 数字を根拠に、どんな政策や主張が正当化されようとしているのか

といった点を、頭の片隅でチェックしてみてください。闇経済マクロを考えるとは、単に「どれくらい闇があるか」を数えることではなく、「その闇をどう認識し、どんな社会を目指すのか」を選ぶことでもあります。

鳥海 修司(闇経済マクロ担当)/ 犯罪経済ラボ

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