世界の貿易や投資の多くは、いまも米ドルで決済されています。日本の地方銀行で送金指示を出しても、実際のドル決済はニューヨークにある別の銀行口座を経由して処理されるのが一般的です。この「見えない配線」を担っているのがコルレス銀行ネットワークであり、アメリカの制裁やマネーロンダリング対策の影響が最も強く現れるポイントでもあります。
本記事では、コルレス銀行とドル決済の基本構造を出発点に、米財務省・OFAC(米国財務省外国資産管理局)やFATF(金融活動作業部会)などが進める制裁・マネロン対策が、具体的にどのような形で金融機関と企業を締め付けているのかを整理します。BNPパリバに対する約90億ドルの制裁事例を軸に、「ドルを使う」という行為が実はどれほど政治・安全保障と結び付いているのかを立体的に見ていきます。
コルレス銀行とドル決済の基礎構造
国境をまたぐ送金では、すべての銀行同士が直接口座を持ち合っているわけではありません。代わりに、各国の銀行が大手国際銀行に口座を開き、その銀行を通じて決済を行う仕組みが広く使われています。これがコルレス銀行(correspondent bank)・ノストロ口座(自国銀行から見た「当座預金」)の関係です。
米ドル決済の場合、多くの取引はニューヨークの大手銀行――例えば JPMorgan Chase、Citibank、Bank of America など――に開設された口座を経由します。日本の地方銀行Aが南米の銀行Bにドルを送るとき、地方銀行Aとニューヨークのコルレス銀行との間、さらにコルレス銀行と南米の銀行Bとの間で、それぞれ残高が振り替えられるイメージです。
実務上は、SWIFT(国際銀行間通信協会)が提供するメッセージネットワークで支払い指図が送られ、各銀行が自分の持つノストロ口座の残高を更新することで決済が完了します。この「通信(SWIFT)」と「口座(コルレス銀行)」の組み合わせが、ドル決済のインフラとして機能しているのです。
ポイントは、ドル建て決済を行うためには、最終的にどこかで米国内の銀行システムにアクセスする必要がある、という点です。この構造が、そのまま米国の制裁・マネロン対策の「レバー(てこ)」になっています。
ドル覇権と米国制裁のメカニズム
世界の外貨準備や貿易決済において、米ドルは依然として圧倒的なシェアを持っています。IMFやBISの統計でも、外貨準備通貨としてのドル比率は4割前後、国際決済通貨としてもユーロや円を大きく上回る水準とされています。この「ドル覇権」が、米国の経済制裁の強さの源泉です。
米国財務省やOFACが行う制裁は、大きく言えば「特定の国・企業・個人とのドル取引・資産保有を禁止する」という形を取ります。アメリカ国内の銀行はもちろん、米国内にコルレス口座を持つ外国銀行も、制裁の対象とされた相手との取引が発覚すれば、次のようなリスクに直面します。
- 高額の民事制裁金・罰金(過去には数十億ドル規模の制裁例)
- ドル清算システムへのアクセス制限や、特定業務の停止命令
- 最悪の場合、米国金融システムからの排除に近い措置
ドル決済へのアクセスを失うことは、多くの銀行にとって死活問題です。世界貿易の大部分がドルで価格設定され、原油などのコモディティもドル建てで取引されているため、ドルから締め出されれば、企業や顧客の国際取引を支えられなくなります。結果として、多くの銀行は「米国の制裁ルールに従わざるを得ない」立場に置かれます。
ここで重要なのは、制裁の名目が「国家安全保障」「テロ対策」「大量破壊兵器拡散防止」などであっても、そのインパクトの相当部分はコルレス銀行ネットワークを通じたドル決済の制限として現れる、ということです。マネーロンダリングや金融犯罪も、しばしば制裁対象として扱われます。
具体事例:BNPパリバに対する巨額制裁
コルレス銀行と制裁の関係を象徴する事例の一つが、2014年に発表されたフランス大手銀行 BNPパリバ(BNP Paribas)への巨額制裁です。米司法省やニューヨーク州金融サービス局などは、同社がイラン、スーダン、キューバなど米国の制裁対象国に関連する取引を長年にわたり処理していたとして、約89億ドル(約9,000億円規模)の制裁金を科しました。
このケースでは、BNPパリバが欧州や中東の拠点から行われる取引について、ニューヨークのドル口座を経由させる形で決済していたことが問題となりました。形式上は「欧州の銀行同士」の取引であっても、ドルで決済する以上、最終的には米国内のコルレス銀行口座を通過するため、米国当局の管轄に入る、という構図です。
BNPパリバ制裁の流れ(簡略イメージ)
- ヨーロッパや中東の拠点で、制裁対象国関連の顧客・取引が発生する
- これらの取引がドル建てで行われ、ニューヨークにあるBNPパリバのノストロ口座を通じて決済される
- 当局の調査により、内部で制裁リスクが認識されていたにもかかわらず、十分な対応が取られていなかった点などが問題視される
- 米司法省・ニューヨーク州などが共同行動を取り、BNPパリバは約89億ドルの制裁金支払いと、一定期間の特定ドル清算業務の停止などを受け入れる
この事件は、単なる「一銀行のコンプライアンス不備」にとどまらず、世界中の金融機関に「ドルを触る以上、米国の制裁ルールから逃れることはできない」という強烈なメッセージを送りました。その後、Standard Chartered や HSBC といった英国系銀行に対しても、多額の制裁金が科されたことは広く報道されています。
同時に、このような巨額制裁は、マネーロンダリングやテロ資金供与だけでなく、国家間の政治的対立や外交政策とも密接に結びついていることを示しています。金融機関は、取引相手のリスクだけでなく、「地政学」と「規制リスク」の両方を読み解かなければならない時代になりました。
コルレス銀行網が抱える構造的リスクと「デリスキング」
米国の制裁とマネロン対策が強化される中で、多くの銀行は「高リスク国・高リスク業種との関係をそもそも結ばない」という方向に動くようになりました。これが「デリスキング(de-risking)」と呼ばれる現象です。
例えば、カリブ海や中東・アフリカの一部の国々では、大手グローバル銀行が次々とコルレス口座を閉鎖し、ドル決済ネットワークから撤退するケースが報告されています。その背景には、FATFの相互審査で指摘されたマネロン・テロ資金供与対策の不備、政治的な不安定さ、制裁リスクなどがあります。
このデリスキングは、一見すると「高リスクな取引を減らすことで金融犯罪リスクを下げる」ように見えますが、別の問題も孕んでいます。
- 正当な貿易や送金を行う企業・個人が、国際決済へのアクセスを失う可能性
- フォーマルな銀行チャネルが縮小することで、非公式な送金ルートや闇の金融ネットワークが相対的に重要になるリスク
- 小規模国の金融システムが、外貨決済アクセスを失うことで、経済全体の脆弱性が増すこと
つまり、「コルレス口座を切る」ことは、確かに表面的なリスクは下げますが、世界全体で見たときにマネロン・制裁回避行為の実態が本当に減っているのかどうかは、慎重に見極める必要があります。
規制枠組みとマネロン・制裁対策の現在地
コルレス銀行とドル決済に関するリスクは、各国の規制と国際的な枠組みによって監督されています。代表的なプレーヤーとして、FATF、国連安全保障理事会、米財務省、欧州連合(EU)などが挙げられます。
FATFは、マネーロンダリングとテロ資金供与対策に関する国際基準(FATF勧告)を策定し、加盟国に対して相互審査を実施しています。相互審査で「高リスク」と評価された国は、国際金融市場からの信頼を失いやすくなり、コルレス口座の維持も難しくなります。
国連安全保障理事会の制裁決議は、多くの国で国内法として取り込まれ、銀行に対して制裁対象リストのチェックや取引凍結を義務付けます。米財務省の制裁リスト(OFACのSDNリストなど)は、ドル決済に関わるすべての銀行にとって、ほぼ必須のチェック対象です。
一方で、こうした枠組みは「常に後追い」にならざるを得ないという限界もあります。新しいルート、新しい金融商品、新しいテクノロジー(暗号資産やDeFiなど)が登場するたびに、規制はそれを追いかける形で整備されます。その間隙を縫う形で、制裁回避やマネロンの試みが続いているのが現実です。
私たちにとっての意味:ニュースの読み方とリスク認識
一見すると、コルレス銀行やOFAC制裁は「銀行・大企業・政府の話」であり、日常生活からは遠く感じられるかもしれません。しかし、金融制裁やマネロン対策が強化されればされるほど、そのコストや副作用は最終的に私たちの身の回りにも波及します。
- 海外送金の手数料や審査が厳しくなり、時間とコストが増える
- ある国や地域との取引が難しくなり、企業のサプライチェーンや価格に影響する
- 銀行がコンプライアンスコストを商品・サービスの価格に上乗せする可能性がある
また、「どこか遠くの銀行が制裁を受けた」というニュースの裏には、多くの場合、コルレス銀行ネットワークを使った取引の構造と、その監視・管理の失敗があります。ニュースを読むときに、「この銀行はどのようなルートでドル決済にアクセスしていたのか」「制裁はどの国のルールに基づいて行われたのか」といった視点を持つだけでも、見えてくる景色が変わってきます。
まとめ:読者が意識すべきポイント
コルレス銀行とドル決済は、普段あまり意識されることのないインフラですが、マネーロンダリング・制裁・地政学が交差する「交差点」として極めて重要な役割を果たしています。本記事のポイントを整理します。
- ドル建て決済の多くは、ニューヨークなどにあるコルレス銀行のノストロ口座を通じて処理され、これが米国制裁とマネロン対策の強力なレバーになっている。
- BNPパリバに対する約89億ドルの制裁など、大手銀行への巨額制裁は、「ドルを使う限り米国ルールを無視できない」という現実を世界の金融機関に突きつけた。
- デリスキングによって高リスク国とのコルレス関係を切る動きが広がる一方で、正当な取引のアクセスが失われたり、非公式な金融ルートが強まる副作用も懸念されている。
- FATF勧告、国連安保理制裁、OFACリストなどの国際枠組みは、マネロン・制裁リスクを抑える重要なツールだが、新しい金融技術・スキームへの対応は常に後追いとなりがちである。
- ニュースで「制裁」「マネロン」「国際送金」という言葉を見たとき、その背後にあるコルレス銀行ネットワークとドル決済の構造をイメージできることが、現代の金融リテラシーの一部になりつつある。
コルレス銀行そのものは、多くの人にとって一生目にすることのない存在です。ただし、そのネットワークに生じる締め付けや歪みは、時間差を伴いつつも、物価や雇用、金融サービスの使い勝手といった形で私たちの生活に影響してきます。「闇の取引」と「日常の経済」が、同じ配線の上を流れているという事実を頭の片隅に置いておくことが、ニュースや政策論争を読み解くうえでの一つのヒントになるはずです。
神谷 玲央(マネーロンダリング・金融犯罪担当)/ 犯罪経済ラボ
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参考になる公的情報源
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)が公表する、違法資金フローや組織犯罪に関する世界犯罪報告書・統計資料
- 金融活動作業部会(FATF)によるマネーロンダリング・テロ資金供与対策に関する勧告および各国相互評価報告書
- 米国財務省およびOFAC(外国資産管理局)が公表する制裁プログラムの概要・制裁リスト・執行事例
- 国際決済銀行(BIS)や国際通貨基金(IMF)が提供する、国際決済通貨構成・外貨準備・国際銀行統計などのデータ
- 各国金融監督当局(例:金融庁、イングランド銀行、欧州中央銀行)が公表するコルレス銀行・クロスボーダー決済に関するレポートやガイドライン
重要な注意事項
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