「日本で働けば家族を助けられる」。そう信じて多額の借金を背負い、技能実習生として来日した人が、長時間労働や低賃金、パスポートの取り上げに苦しみ、逃げざるを得なくなる──こうしたケースは、もはや例外ではありません。2023年には、9,753人の技能実習生が職場から失踪したと報じられています。
一方で、日本社会側の視点に立てば、「深刻な人手不足を補う貴重な戦力」「研修を通じた国際貢献」という説明が繰り返されてきました。このズレこそが、「技能実習はどこまで『合法的人身売買』なのか?」という不穏な問いを生み出しています。本稿では、日本の技能実習・移民労働制度を軸に、制度設計、中間ブローカー、具体事例、国際基準との距離を整理しながら、「合法」と「搾取」の境界線を考えていきます。
技能実習と移民労働をめぐる問い:なぜ「合法的人身売買」と呼ばれるのか
日本の「技能実習制度(Technical Intern Training Program:TITP)」は、1993年に正式化された国家主導のスキームで、「開発途上国への技能移転」を名目としています。しかし、国際労働機関(ILO)の専門家委員会や国連の人権機関は、この制度の下で強制労働に相当する事案が多数発生していると繰り返し指摘してきました。
ILOの2024年報告によれば、民間経済における強制労働から生じる違法利益は年間2,360億ドルに達し、2014年比で37%増加したと推計されています。 その中には、移民労働者を標的にした搾取も含まれます。日本の技能実習や特定技能は、こうしたグローバルな「搾取の経済」の一部として位置づけられつつあります。
人身売買の国際定義(国際組織犯罪防止条約・人身取引議定書、いわゆるパレルモ議定書)では、単に国境を越える移動ではなく、「脅迫・詐欺・権力の乱用などを通じた搾取目的の動員」が問題とされます。 表向きは「合法的な就労」であっても、実態として逃げられない構造の中で過酷な労働を強いられているなら、その境界線はきわめてあいまいになります。
日本の技能実習・移民労働制度:建前と現実のギャップ
現在の日本には、大きく分けて「技能実習」「特定技能」「留学・高度人材など他の在留資格」を通じた外国人就労のルートがあります。そのうち技能実習制度は、建設、農業、介護、食品加工など、日本国内で人手不足が深刻な業種を中心に利用されてきました。2010年代後半には、年間数十万人規模の技能実習生が在留しており、2023年時点でも約32万5,000人の技能実習生と13万1,000人の特定技能外国人が日本で働いていると推計されています。
しかし、制度の運用状況を見ると、深刻な構造的問題が浮かび上がります。厚生労働省の労働基準監督署による調査では、技能実習生を受け入れる事業場の7割超で労働基準法や安全衛生基準違反が見つかったと報告されました。違反内容は、未払い残業、長時間労働、安全教育の欠如など、多岐にわたります。
ILOや国連人権理事会の場では、技能実習制度の下で「賃金の不払い」「暴力・ハラスメント」「パスポート・在留カードの取り上げ」「過重労働による死亡・自殺」などが報告されており、強制労働条約との整合性が問題視されています。 日本政府もこうした批判を受け、2010年代後半以降、外国人技能実習機構(OTIT)の設立や相談窓口の拡充などを進めてきましたが、構造的な歪みは依然として残っています。
ビジネスモデルとしての技能実習:中間ブローカーと「縛り」の構造
技能実習をめぐるビジネスモデルを簡略化すると、次のような「多層構造」が見えてきます。
- 送出国側:送り出し機関、現地ブローカー、語学学校などが、候補者の募集・選考・事前研修を担う。
- 日本側:監理団体(組合など)と受け入れ企業が、在留資格の申請、住居の手配、現場での労務管理を行う。
- 資金の流れ:実習生が支払う渡航費や「保証金」、企業が支払う監理費用、斡旋手数料が各レイヤーに分配される。
国際NGOや研究者の調査によれば、多くの実習生は母国で数十万円規模の借金をして日本に来ており、その返済のために長時間労働を受け入れざるを得ないケースが繰り返し報告されています。 雇用主を自由に変えられない在留資格の仕組みと相まって、これは「逃げられない労働」の温床になり得ます。
Institute for Human Rights and Business(IHRB)が2017年に公表した報告書は、技能実習制度が当初の「技能移転」目的から大きく逸脱し、低賃金労働力の供給スキームとして機能していると指摘しました。 ILOの監視機関も、雇用主変更の自由を制限する仕組みや、実習生が不利益報復を恐れて声を上げられない状況に強制労働リスクを見ています。
ビジネスとして見ると、中間ブローカーにとっての「商品」は実習生本人ではなく、「紹介件数」「送り出し枠」です。1人あたりの手数料が積み重なるほど、より多くの人を送り出したほうが利益が出る構造になっています。その結果、「現場で教育できる人数」ではなく、「売れる枠の数」が優先されがちです。
具体事例:技能実習制度を軸にした中間搾取のケーススタディ
ここでは、技能実習制度をめぐる典型的な搾取パターンを、「主役ケース」として整理してみます。個々の企業名や個人名には触れませんが、ILO、国連、人権NGO、メディア報道が共通して指摘してきた構造に基づいています。
主役ケース:地方の食品加工工場における技能実習生の搾取構造
- 関係者の立場:送出国のブローカーと語学学校が、ベトナムやインドネシアの若者から高額の手数料を徴収し、日本側の監理団体とマッチング。監理団体は地方の食品加工企業数社を束ね、「技能実習枠」を確保する。受け入れ企業は、人手不足のライン要員として実習生を配置する。
- お金の流れ:実習生は母国で借金をして渡航費・斡旋料を支払う。日本側企業は監理団体に監理費を払い、その一部が送出機関にキックバックされる。実習生の賃金からは寮費・水道光熱費・各種名目の天引きが行われ、手元には最低賃金ぎりぎり、あるいはそれ以下しか残らない。
- 規模感:食品加工業は、技能実習生の受け入れが多い業種の一つとされ、全国で数万人規模の実習生が従事しているとみられます。労基署の調査では、こうした業種を含め、技能実習生受け入れ事業場の7割超で労基法違反が確認されています。
- 当局の対応と限界:日本政府は2017年に技能実習法を施行し、外国人技能実習機構(OTIT)を設立、2018年にはILOからの勧告を受けて監督体制の強化方針を示しました。 しかし、地方の中小企業まで含めたすべての現場を継続的に監視することは難しく、実習生自身が通報を躊躇する状況も相まって、「氷山の一角」しか表面化していないとの見方も根強くあります。
類似のパターンは、建設業、農業、介護など他の業種でも報告されています。例えば、東北地方の建設現場での過重労働や、九州の農業分野での低賃金・過密な寮生活など、地域や業種によって具体的な形は異なるものの、「借金+雇用主変更の制約+情報格差」という組み合わせは共通しています。
社会・経済への影響:人件費の「見えない補助金」と競争のゆがみ
こうした搾取構造は、個々の実習生に深刻な被害を与えるだけでなく、国内の労働市場や産業構造にも影響します。人権NGOや経済アナリストの間では、「低賃金の外国人労働力に依存することは、実質的にその業種への『人件費補助』になっている」と指摘する声があります。
本来ならば、労働条件の改善や生産性向上によって人材を確保すべきところを、「技能実習枠」があることを前提としてコスト構造を組み立ててしまうと、国内労働者との賃金格差や、まっとうな条件で雇用する企業との競争条件の不公平が拡大します。また、「人手不足=外国人を増やせばよい」という安易な発想が固定化されると、根本的な業務改善やデジタル化のインセンティブも弱まりかねません。
さらに、国際的な視点から見ると、日本企業やサプライチェーンが強制労働リスクを抱えていることは、欧州連合(EU)の強制労働製品禁止規制や、各国の人権デューデリジェンス法制の下でビジネスリスクとなり得ます。「安さ」の裏側にある人権侵害が問われる時代に、技能実習依存型のモデルは国際競争力の観点からも持続可能とは言い難い状況です。
改革と国際基準:制度見直しで何が変わり、何が残るのか
こうした問題を受け、日本政府の有識者会議は2023年11月、「技能実習制度を廃止し、新たな『育成就労制度』へ移行する」という最終報告書をまとめました。新制度では、同一分野内に限り一定条件のもとでの転職を認める方向性などが示されています。 2024年以降、関連法案の検討・審議が進められています。
日本弁護士連合会(日弁連)は、この最終報告に対する声明の中で、「技能実習制度が国際人権条約機関から激しい批判を受けてきた事実」を踏まえつつも、新制度案には依然として雇用主への従属性が強く残っていると懸念を示しました。 ILOや国連人権機関の基準から見れば、「自由に職場を離れられるか」「不当な借金や保証金が禁止されているか」「労働組合や相談窓口にアクセスできるか」といった観点が、今後も重要なチェックポイントになります。
また、アメリカ国務省の「Trafficking in Persons(TIP)レポート」は、日本について、技能実習制度や風俗産業などをめぐる人身取引リスクを繰り返し指摘してきました。 制度名が変わるだけでは、国際社会からの評価は変わりません。実際の運用において、転職の自由、ブローカー規制、被害者保護がどこまで徹底されるかが問われます。
まとめ:読者が意識すべきポイント
技能実習や移民労働をめぐる議論は、「外国人を受け入れるべきかどうか」といった抽象的なテーマに転びがちです。しかし、闇経済や人身売買の観点から見ると、問うべきなのは「どのような条件で、誰がどのような立場で働いているのか」「その構造は、人身取引の定義にどこまで近づいているのか」という点です。
- 技能実習制度は、建前としては技能移転・国際貢献を掲げながら、実態としては低賃金労働力の供給スキームとして使われてきた側面が強い。
- 送出国の借金、雇用主変更の制限、情報格差が組み合わさることで、「逃げられない労働」が生まれ、人身取引に近い状態が合法の枠内で維持されてしまうリスクがある。
- 搾取構造は、個々の実習生の人権侵害にとどまらず、国内賃金構造、産業の競争条件、国際的な企業評価にも影響を及ぼす。
- 制度名の変更だけでは不十分であり、転職の自由、ブローカー規制、被害者保護の実効性を伴う改革がなければ、国際基準とのギャップは埋まらない。
- 私たち一人ひとりも、消費者・有権者・労働者として、「安さ」や「人手不足」を理由にした搾取を容認しない視点を持つことが求められている。
「合法的人身売買」という言葉は強い表現ですが、現場で何が起きているのか、どの制度設計が人を追い込み、どのルールが搾取ビジネスを支えているのかを直視するための警告でもあります。制度改革の行方を見守るだけでなく、日々のニュースや政策議論の中で、「そのスキームは誰にとって得で、誰に負担を押しつけているのか」という問いを投げかけ続けることが重要です。
久世 遥(人身売買・搾取構造担当)/ 犯罪経済ラボ
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参考になる公的情報源
- 国連薬物犯罪事務所(UNODC)・国際労働機関(ILO)・国際移住機関(IOM)が公表する、人身取引・強制労働・移民労働に関する統計・年次報告書
- 国際労働機関(ILO)専門家委員会による、日本の技能実習制度に関する強制労働条約上のコメント・勧告
- 外国人技能実習機構(OTIT)、出入国在留管理庁、内閣官房「人身取引対策に関する年次報告書」など、日本政府が公表する関連資料
- アメリカ国務省「Trafficking in Persons Report(TIPレポート)」の日本章、および各国比較の分析
- 国内外の人権NGO(ヒューマンライツ・ナウ、Verité、Institute for Human Rights and Business など)による技能実習生・移民労働者の実態調査レポート
重要な注意事項
本記事は、人身売買・搾取構造・闇経済などの「構造」や「歴史」「社会的影響」「規制の枠組み」を解説するものであり、実在の犯罪行為や違法な搾取スキームを推奨・教唆・助長する意図は一切ありません。本記事の内容を利用して違法行為を計画・実行・支援したり、具体的な手口を模倣したりすることを固く禁じます。
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